花巻

 青森市の山奥にある酸ケ湯温泉の一軒宿で迎えた朝。 窓の外は相変わらず雪だった。しかも、相当な降り方である。何といっても八甲田山の中腹、海抜925メートルの宿。軒先にはツララがずらりと下がり、冷え込みの厳しさを物語っている。

 手首はまだ痛い。しかし、腫れるなどの悪化の兆候は見られない。痛みにも慣れてきた。結局、単なる打撲だったのか、放っておいても大丈夫そうだ。

 8時半のバスで出発。路上の雪を吹き飛ばしながら進む除雪車が先導する形でバスは雪の壁の間をゆっくり下っていく。八甲田の春はまだまだ先のようである。

 下界の青森駅前には9時50分に着いた。雪はちらつく程度で空も明るくなってきた。
 とりあえず、これで今回の津軽の旅は終わりである。しかし、帰途に花巻の「宮沢賢治記念館」にぜひ寄りたいと思っているので、花巻の宿に予約を入れてから10時30分発の盛岡行き特急「はつかり12号」の乗客となった。

(特急「はつかり12号」。青森駅にて)

 いつしか雲が切れて青空が見えてきた。「はつかり」は高速で突っ走り、三沢、八戸と行くうちに積雪も消え、すっかり車窓は春めいてくる。同じ青森県内でも地域によってずいぶん気候が違うのだ。
 その「はつかり」を12時05分着の二戸で見送り、普通列車に乗り換え。料金節約の意味もあるが、客車のドン行にのんびり揺られたいという気持ちもある。

 12時30分発の盛岡行きは真紅の電気機関車EF81がこれまた赤い客車3両を従えた身軽な編成。車内には春の昼下がりののどかな気分が漂っている。
 このあたりの車窓風景は鄙びた山里の感じで、絶景ではないが、人間にたとえれば、笠智衆さんみたいな味わいがあって、僕は好きである。
 列車は東北本線のかつての難所、十三本木峠を難なく越えて、13時50分に盛岡着。さらに14時30分発に乗り継いで、15時10分に花巻到着。

 今日はこのまま駅からバスで30分の大沢温泉に投宿。昔ながらの温泉宿で、豊沢川の渓流に面した露天風呂で星空を眺めながら、ふやけるまで湯につかった。