どん行自転車最果て行き(小樽~浜益)

 小樽の公園で迎える朝。テントから出ると、オレンジ色の太陽が早くも海の上でギラギラと輝いていた。気温18度。

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 夜露でテントのフライシートがびしょ濡れなので、野球グラウンドのバックネットに引っ掛け、陽に当てて乾かす。
 早朝から地元の人が次々と犬の散歩にやってくるが、観察していると、みんな車で来て、公園をぐるっと一周して、また車で帰っていく。北海道ではちょっと近所へ行くにも自動車を使うというが、なるほど徹底している。

 

 6時20分に出発。街なかのローソンで紅茶とサンドウィッチとヨーグルトを買って、運河に沿った遊歩道のベンチで朝食。朝早くからもう観光客が散歩している。通りかかった若い女性客が話す言葉は中国語だった。
 電光表示の温度計によれば7時過ぎで気温19.4度。とてもさわやかで、運河の水面に映る空は真っ青だ。

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 7時05分に小樽の街をあとに国道5号線を札幌方面へ走り出す。ただし、札幌へは行かず、ここからは日本海に沿ってひたすら北をめざして突っ走る予定。とにかく今日は行けるところまで行くつもり。

 小樽から札幌にかけて鉄道は石狩湾の海辺を走るが、国道は丘陵地帯を行く。そのため起伏が激しく、予想以上にきつかった。気温20度の表示があったが、早くも汗が額から流れ落ちる。
 時折、眼下に見下ろす石狩湾はまだ積丹の海と同じ美しさで、エメラルドのような輝きの中に岩礁が透けて見える。

 海岸線を離れて札幌市街へ向かう5号線と別れ、小樽から19キロ走って函館本線銭函駅前に8時17分に着いた。駅舎は北海道らしい建築様式で、名前にもご利益がありそうだ。ここで少し休憩。

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銭函駅)

 銭函からは国道337号線に入り、小樽市と札幌市の境界付近を北東へ向かうと、やがて石狩市に入る。このあたりは大都市近郊の新しく開かれた土地らしく、平坦で広々としているが、工場や物流倉庫が目立ち、殺風景な印象。海は見えない。道路の幅は広いが、交通量はさほどでもない。
 15キロほど走って左折、国道231号線に入ると、今度は大渋滞だった。札幌と留萌方面とを結ぶ幹線道路で、海水浴へ向かう車が多いのだろうか。今日は日曜日である。それにしても、北海道で道路がこんなに渋滞しているのを初めて見た気がする。こちらは渋滞を横目にスイスイ走る。しかし、暑い。

 231号線を6キロほど北へ行くと石狩川を渡る。河口が近いので、川幅は広く、橋も長い。その橋の上で大きなリュックサックを背負った青年に追いついた。
「ずっと歩いているんですか。頑張ってください」
 夏の北海道では徒歩旅行者を結構見かける。ライダーをもじって、トホダーと呼ばれている。旅の原点はやはり自分の足で歩くことだとは思うが、なかなか真似はできない。

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(前方に望来の集落が見えてきた)

 ずっと平坦だった道が上りになり、しばらく見えなかった石狩湾が左手に再び見えてきた。渋滞も徐々に解消して、石狩市から厚田村に入り、丘陵地帯を越えると望来(もうらい)という海辺の集落に着く。ここには海水浴場があり、賑わっている様子。ここまで小樽から53キロ、時刻は10時40分。あまりに暑いので、冷房の効いたセイコーマートで涼む。

 望来を11時に出発。国道はここでいったん海辺を離れて、内陸を迂回するが、丘を越える短絡ルートがあるので、そちらを選ぶ。真っ青な空に白い夏雲がぽっかりと浮かび、海も輝くように青い。カンカン照りの陽射しは肌を刺すようだが、吹く風はさわやか。暑いけれど、熱気が肌にまとわりつく本州の暑さとは質が違う。

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 再び国道と合流してアップダウンの連続で海沿いを行き、11時50分に厚田村の中心集落に到着。小樽から64キロの地点。ここでまたセイコーマートがあった。コンビニはどこも家族連れや若者で大繁盛である。僕もここでおにぎりと割子そばなど買って日陰のベンチで昼飯にする。湿度が低いので、陽が当たらない場所は涼しくて気持ちがいい。

 たっぷり休憩して12時40分に厚田を出発。まもなく「安瀬」という土地があったが、これで「ヤソスケ」と読むらしい。うーむ。

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 その安瀬からは海岸まで山が迫って地形が険しくなり、トンネルや落石防護の覆道が続くようになった。豪快な海岸風景だが、昨日の積丹半島からずっと見続けてきた景色でもある。その積丹半島はキラキラ輝く石狩湾の彼方に薄青い影となって横たわっている。

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(海の彼方に積丹半島が見える)

 厚田村から浜益村に入ると、「濃昼」という土地がある。地図にも出ているから知っていたが、まさか「ゴキビル」と読むとは現地へ来て初めて知った。急峻な谷間にあるので、道はいったん沢沿いに上流へ遡り、谷が狭まったところを渡って、再び海岸へ出てくる。
 その濃昼から北の海岸線は切り立った断崖絶壁が続くので、道路は海岸を避けて、山の中へ入っていく。地図上には曲がりくねった旧道も描かれているが、「通行止」の文字があるから、すでに廃棄されてしまったようだ。いま走っている道は新しく立派な道路である。

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 強い陽射しを浴びながら、延々と続く坂をふうふう言いながら上っていくと、標高200メートル地点を過ぎたところで送毛(おくりげ)トンネル(1,901m)に入り、そこから5キロ余り下ると毘砂別(びしゃべつ)で再び海岸に出て、まもなく浜益の中心集落に着いた。このあたりは砂浜が続いて、海水浴客で大変な賑わいだ。浜はキャンプ場にもなっている。
 ここまで小樽から94キロ。時刻はまだ14時50分だが、この先も難所続きなので、今日はもうここまでにしよう。洗濯物が溜まっているので、陽射しのあるうちに洗濯をしたいというのもある。
 というわけで、混雑する浜益川海浜公園キャンプ場の片隅に場所を見つけてテントを張り、真っ先に洗濯。コインランドリーはないので、スーパーの買物袋に水を溜め、そこに洗剤を入れて、とりあえずTシャツ3枚をジャブジャブと洗う。自分のテントとキャンプ場の柵の間にロープを張って、洗濯物を干せば、あとは明朝までに乾いてくれることを祈るのみ。そうでないと、もう着替えがないのだ。

 

 夕方になって、水田の広がる中を4キロほど内陸に入った地点にある浜益温泉に出かけて、村営の保養センターで汗を流してきた。ここも海水浴帰りの家族連れなどで大変な混雑だった。
 帰りにセイコーマート(本当にお世話になっています!)に寄って夕食と明日の朝食の買い物。弁当やパン、タコ・イカザンギ、お茶、酒など買う。タコ・イカザンギの「ザンギ」とは唐揚げのこと。東京では聞かない言葉だが、北海道ではごく普通に使うようだ。「鶏のザンギ」という風に。この言葉に接すると「北海道だなぁ」と思う。

 

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 日没間近のキャンプ場に戻り、浜から突き出た防波堤の先端で夕陽を眺める。ほかにも夕陽を見る人たちがいたが、彼らは太陽が水平線に没するのを見届けると、「はい、おしまい」とばかりに引き上げていった。しかし、ちょっと待て、と言いたい。これは僕の持論なのだが、夕空の美しさとはつまり夕雲の美しさである。極言すれば、夕陽は照明であり、雲こそがむしろ主役といってもいい。そして、雲がひときわ美しく輝くのは、むしろ日没後なのである。夕焼け空に高く低く散らばる雲が刻々と位置を変え、姿を変えながら、残照に映えてほんのりと色づき、輝き、やがて儚く色を失って宵闇に消えていくまでの一部始終を眺めるのは至福の時間である。幸い、今日は雲の出ぐあいも程よくて、白鳥の群れのような雲がゆっくりと飛んでいた。
 今日の走行距離は103.8キロ。