礼文島サイクリング

    桃岩

 

 礼文島の南東岸にある香深の宿で迎えた朝。窓の外は相変わらずの曇り空で、雨もポツポツと落ちている。気温は17度。

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 8時に出発して、まずは有名な桃岩へ行ってみる。
 桃岩は香深から山を越えた西海岸にあり、急坂と急カーブの続く道が通じている。島内サイクリングは身軽なスタイルで行きたいのだが、今日は島の北部のキャンプ場へ移動するつもりなので、自転車もフル装備。最初から急な上りで、ペダルが重い。ただ、雨は止んでくれた。
 南北に細長い礼文島の東西の幅は北へ行くほど広く、逆に香深のあたりは最も狭くて、幅2キロほどしかない。道が曲がりくねっているので、実際の距離はその倍以上あるとしても、わりと早く峠のトンネルが見えてきた。そのトンネルの手前から脇道に入ってさらに1キロほど上ると桃岩展望台の駐車場がある。そこで自転車を止めて、散策路を登るが、めざす丘の稜線は霧で霞んでいる。

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 ところで、礼文島は本州の2,000~3,000メートル級の山々と気象条件が近く、海岸から珍しい高山植物が咲く「花の島」である。それが多くの人々を魅了するわけだが、一方で希少植物の盗掘も増えているという。そのため、ここにも監視員のおじさんがいた。
「こんなところまでよく自転車で上ってきたねぇ」
 と呆れられた。

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(霧の丘。眼下に広がる海もほとんど見えない)

 まったく樹木のない丘は貴重な植物群落として天然記念物に指定されているが、花の最盛期はやはり初夏のようで、目にとまったのはトウゲブキやツリガネニンジンやエゾカワラナデシコタカネナデシコかもしれない)といったすでにおなじみの花ばかりだった。

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ツリガネニンジン

 ところで、桃岩だが、球状節理が発達した巨大な岩山で、名前の通り桃のような形をしているらしい。しかし、展望台に立っても霧のせいで、「あそこにぼんやり見えるのがどうやらそうらしい」という程度にしか分からなかった。眼下に広がっているはずの海もほとんど見えない。とにかく北東からの風がすさまじく、吹き飛ばされそうなほどだった。
 帰りに道端で初めて目にする小さなピンクの花を見つけた。図鑑で調べるとイブキジャコウ草というシソ科の植物だ。ハーブとして有名なタイムの仲間で、姿もよく似ている。実際に薬用、香料として利用されるそうだ。

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(トンネルを抜けて西海岸へと下っていく。この写真の左側に桃岩がある)


   元地・地蔵岩・メノウ浜     

 トンネルを抜けて西海岸へも行ってみた。丘の上の展望台は霧に包まれていたが、下界は霧もなく、従って、目の前に桃岩がでんと聳えている。なるほど、桃の形に似ていると言えなくもない。標高は250メートルほどあるそうだ。

f:id:peepooblue:20200707112022j:plain(桃岩)

 その桃岩を見上げつつ、鉛色の海に向かってヘアピンカーブの続く道をぐんぐん下っていく。長い下りだが、帰りのことを思えば、少しも嬉しくはない。
 坂を下りきったところが元地の集落。礼文島西海岸の数少ない集落の一つで、狭い土地にわずかな民家が身を寄せ合っている。
 そこで道は終点で、その先の海岸にそそり立つのが地蔵岩。桃岩と並ぶ礼文島のシンボルで、こちらはすらりとした柱状の岩が天を突いている。そこから先は地形も急峻で、住む人もいない。人間はここから先は立ち入ってはならぬ。神様のそんな意思が地蔵岩にこもっているようにも感じられた。

f:id:peepooblue:20200707112227j:plain(地蔵岩)


 ところで、元地付近の海岸には「メノウ浜」の名があり、メノウの原石が打ち上げられるというので、波打ち際で探してみた。といっても、メノウとはどのような石なのか、よく知らないので、綺麗な小石を7つほど拾い、近くの売店のおばちゃんに鑑別してもらったら、3つがメノウだった。なかでも、ひとつは「いいメノウだわ」と言われた。

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 メノウ浜にはまた見慣れぬ青い花がたくさん咲いていた。丸っこい肉厚の葉っぱが特徴的で、図鑑で調べてみると、ハマベンケイ草という植物だった。

 


     礼文島東海岸を船泊へ

 また山を越えて香深に戻り、いよいよ東海岸を最北端めざして北上開始。

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 天気は相変わらず曇り。利尻島は今日も雲をかぶり、裾野だけがわずかに見える。
 昨日までとは逆で、風が北東から吹いているので、波静かだった西海岸と対照的に島の東側は海が荒れている。なにより向かい風なのが辛い。まぁ、ゆっくり行こう。

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(香深井郵便局)

 香深井を過ぎ、水中公園の前で相変わらずヒマそうな管理人のおじさんと挨拶を交わし、北へ北へひた走る。
 礼文岳への登山口がある起登臼、内路の集落を過ぎ、さらに赤岩、上泊と行くと道が分岐。右は金田ノ岬を回って船泊へ通じる海岸ルート。左はその船泊への短絡ルート。ここは左へ行って丘陵越えの上りにかかる。
 その丘の上にあるのが高山植物園。ビジターセンターや実際に高山植物が観察できる見本園を30分ほど見学。ここには希少種を絶滅の危機から救うための培養センターも併設されているが、こんなところにもヨーロッパ原産のコウリンタンポポやジャコウアオイなど帰化植物が進出していた。
 しかし、ここで何よりも感動したのは幾重にも連なる丘の風景。いつしか雲が切れて、晴れ間が広がり、青い海を背景に優美な曲線を描く草原の丘が輝いて、心の中まで晴れ晴れとしてきた。

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 11時半に植物園を出発し、エリア峠を越え、軽快に坂を下ると左に湖が見えてくる。それが久種湖。日本最北の湖で、その湖畔にキャンプ場がある。今日はここに泊まろう。島の北部の中心集落・船泊のすぐそばでもあり、買い物などにも都合がいい。
 受付で300円払って、きれいに整備された草地のサイトにテントを張り、ついでに洗濯。

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(翌朝撮影)

 

   スコトン岬

 12時55分に再び自転車で走り出し、島の最北端、スコトン岬をめざす。
 礼文島は馬の頭のような形をしていて、最北部には両耳に相当する二つの岬がある。東側が金田ノ岬、西側がスコトン岬である。そして、スコトン岬の方がわずかに北へ長く伸びていて、そこが島の最北端ということになっている。ちなみにキャンプ場はちょうど両耳の間、おでこの位置にある。
 二つの岬の間に広がる船泊湾に沿ってのんびり走って30分。江戸屋、白浜、須古頓といった集落を過ぎ、左手に続いていた草原の丘がついに尽き果てたところ。それがスコトン岬。「最北限の地」である。

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 言うまでもなく、日本の「最北端」は宗谷岬であり、スコトン岬は緯度でいえば、宗谷岬よりわずかに南に位置している。従って、「日本の最北端」を名乗ることはできないものの、スコトン岬の北に日本の領土は存在しない、という意味で日本の北の果てには違いない。よって、ここでは「最北限の地」と称している。「最北限のトイレ」とか「最北限の牛乳」などというのもあった。
 しかしながら、岬の先端に立つと、その先には岩礁が点々と海上に顔を出し、その先には島が浮かび、しかも白黒に塗られた灯台まで見える。トド島である。本当はあの島に渡らなければ、最北限の地に立ったとは言えないのだった。

f:id:peepooblue:20200707123851j:plain(スコトン岬とトド島)

f:id:peepooblue:20200707124056j:plain(金田ノ岬)

f:id:peepooblue:20200707124139j:plain(船泊湾)


     江戸屋山道

 スコトン岬の帰りは海岸ルートではなく、なだらかな丘の上の細い道を選ぶ。江戸屋山道というらしく、海岸道路が建設される前の旧道だろう。一応舗装されている。

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 すぐに右に分かれる土の道は西海岸に面した鮑古丹(あわびこたん)という集落ともいえない民家と番屋の小さなかたまりに通じている。その細道のかたわらに青紫色のナミキソウ(浪来草)が小さな群落をつくっていた。

f:id:peepooblue:20200707124418j:plain(鮑古丹)

f:id:peepooblue:20200707124527j:plain(ナミキ草)

f:id:peepooblue:20200707124628j:plain(鮑古丹から続く海岸の先にはゴロタ岬)

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 鮑古丹には下らず、なおも左手に船泊湾を見ながら、花咲き乱れる草原の丘の中腹を進む。カーブを曲がるたびに新たな丘の風景が展開する至福のサイクリング。昨日、礼文島に上陸した時はあまりに陰鬱なイメージで、すぐに帰りたい気分だったが、今はこの島がどんどん好きになっている。礼文島に来て本当によかった。

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f:id:peepooblue:20200707125558j:plain(ゴロタ岬)

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(江戸屋山道と海岸道路)

f:id:peepooblue:20200707130015j:plain(風の丘を走る)


   ゴロタ岬

 さて、しばらく行くと、ゴロタ岬への登り口があった。自転車では行けないので、愛車はそこに残し、細くて急な遊歩道を歩いて登ってみた。

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 標高179メートルのゴロタ山は日本海に突き出たゴロタ岬の最高地点である。三方を険しい断崖に囲まれ、狭い山頂に立つと、まるでどこかの高山の頂上みたいな趣がある。

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  360度、どちらを向いても眺めがよく、北は鮑古丹の浜からスコトン岬、トド島まで俯瞰でき、反対側には幾重にも連なる草原の丘と、その丘が急峻な断崖となって落ち込む西海岸がずっと見渡せる。 

f:id:peepooblue:20200707130146j:plain(岬より北望。鮑古丹、スコトン岬、トド島)

 そして、山頂一帯には色とりどりの花々。一番目につくのは黄色いトウゲブキ、ほかにピンクのタカネナデシコ、紫のツリガネニンジン、白いエゾノコギリ草など。
 ゴロタ岬からはかぼそい遊歩道がさらに続き、丘を越えて海辺(ゴロタ浜)に下り、遠くに見える鉄府の集落へ通じているのが見える。この道をどこまでも行けば、礼文島を縦走できるそうで、僕も歩いてみたい欲求に駆られるが、相棒が待っているので、来た道を引き返す。

f:id:peepooblue:20200707130445j:plain(岬より南望。ゴロタ浜、鉄府方面)

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f:id:peepooblue:20200707130554j:plain日本海

   鉄府・西上泊・澄海岬

 愛車のもとに戻って、海岸道路まで下り、そのまま船泊方面に南下して、途中の浜中という土地で右折。ゴロタ岬から見えた鉄府と南隣の西上泊集落に通じる道である。
 なだらかな丘陵を越えると、分岐点があり、右へ行くと坂を下って、西陽のあたる鉄府漁港に出た。小さな集落だが、港には立派な防波堤が整備されている。活気はない。

 ゴロタ岬から続く遊歩道は鉄府からまた丘越えだ。港のはずれに自転車を残して、再び歩いてみる。
 急斜面にへばりつくような小径を登っていくと、小さなお宮のある稲穂ノ崎の尾根上に出た。ここも花がいっぱいで、イブキジャコウ草も咲いていた。

f:id:peepooblue:20200707133455j:plain(イブキジャコウ草)

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(ゴロタ岬を望む)

f:id:peepooblue:20200707131620j:plain(西上泊)

 この魅力的な道を反対側に下れば、澄海(すかい)岬を経て、西上泊に行けるが、僕はまた愛車の待つ鉄府に戻らねばならない。いつもは旅の大切なパートナーである自転車が今日は少しばかりお荷物になっている。

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 ここで、スコトン岬からずっと歩いてきたという青年に出会い、しばし立ち話。彼も久種湖畔のキャンプ場に泊まっていて、今日は西上泊まで歩き、明日はテントなどもすべて担いで、西海岸の遊歩道を縦走するそうだ。

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(澄海岬を丘の上から見下ろす)

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 南へ下る彼と別れ、僕はもうしばらく誰もいない丘の上で海を眺め、北側の鉄府に戻る。
 途中、何か小動物が草むらの中をガサガサと逃げていった。姿は見えなかったが、音から判断すると、ネズミより大きく、(礼文にはいないはずの)キツネより小さい感じ。イタチだろうか。

 さて、鉄府から自転車で分岐点まで引き返し、もう一方の道を行くと西上泊である。
 ここにある澄海岬はその名の通り、岩礁まで透けて見える美しい海の写真がよく観光パンフレットなどに載っていて、礼文島景勝地のひとつである。ただ、すでに太陽は西に傾き、お馴染みの風景は岬の陰になっていた。その海辺に先刻丘の上で会った青年が腰を下ろして海を見ていた。

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(途中で通りかかった小学校にあった二宮金次郎像)

f:id:peepooblue:20200707134016j:plain(金田ノ岬と灯台

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(スコトン岬とトド島の夕景)

 船泊に戻り、今度は島の北東端の金田ノ岬まで行って、スコトン岬とトド島の彼方に沈む夕陽を眺め、船泊のレストランで夕食をとって、キャンプ場に帰る。
 本日の走行距離は63.7キロ。