屋久島を走る(宮之浦~栗生)

     屋久島の夜明け

 屋久島・宮之浦のキャンプ場で5時起床。夜中に何度か雨がぱらついたが、今朝はまた晴れている。海岸に下りて、種子島の彼方に昇る太陽を拝む。巨大な怪獣のような雲が刻々と姿と色彩を変えていくのが面白くて、何枚も写真を撮った。

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 テントを撤収しようとして、チャバネゴキブリを発見。昨日からずっとテントの中にいたらしい。出入り口を全開にしてテントを逆さまに持ち上げ、ゆさゆさ揺すって追い出す。
 ゴキブリがいなくなったのを確認してテントをたたみ、7時15分にキャンプ場を出発。
 宮之浦をあとにする前に、港近くの公園のトイレで東京を出てから初めて髭を剃る。無精髭を伸ばしてワイルドな風貌になってみようと思ったのだが、似合わないのでやめた。

 

     屋久東海岸

 さて、これから屋久島一周に出かけよう。初めは反時計回りに走るつもりだったが、なんとなく気が変わって、時計回りに走り出す。今日の目的地は島の南西部の栗生。宮之浦からはちょうど島の反対側に位置する集落で、そこにキャンプ場がある。
 途中の安房までは昨日バスで通った道。島の外周道路だが、海岸の地形が険しいせいか、大半は海岸から少し離れたところを通っている。山と海に挟まれた段丘上を行く感じで、起伏も多い。
 数キロ走ると、路面が濡れていた。少し前までこの辺では雨が降っていたようだ。今はすっかり晴れているが、屋久島ではいつもどこかで雨が降っているのかもしれない。

 

 小瀬田という集落からは姿のよい三角形の愛子岳(1,235m)が間近に見える。立ち寄ったショッピングセンターの駐車場には、その山名を記した看板が立ち、「慶祝・内親王敬宮愛子さま」とあった。

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 小瀬田を過ぎてすぐ屋久島空港を通過。ちょうど宮之浦と安房(あんぼう)の中間地点である。

 

     安房

 まもなく上屋久町から屋久町に入り、林の間を抜けて、人家が増えてくると、そこが安房の集落だった。
 円形の屋久島を時計にたとえて、宮之浦が1時の位置だとすると、安房は4時の位置である。ちなみに、今日の目的地の栗生は8時の位置。
 その安房の街の入口付近でK君と再会。鹿児島からのフェリーで一緒だったチャリダーである。宮之浦から反時計回りに島を一周してきたのだ。坂が多くて大変そうな西部林道もそんなにきつくはなかったという。日本一周中のツワモノの言うことだから鵜呑みにはできないが…。屋久島の後はフェリーを使って東京へ戻り、9月には小笠原へ行くと言っていた。
 「じゃあ、気をつけて」とお互いに別れの言葉を交わし、宮之浦に戻るK君を見送り、僕は安房川にかかる橋の上から雄大な山岳風景を眺めて、また走り出す。

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安房からの風景)

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     屋久島南海岸

 安房から先も相変わらずアップダウンが多く、海もあまり見えない。気温もどんどん上昇して暑い。やっぱり昨日の縄文杉登山の方が楽だったなぁ、と思う。まぁ、のんびり行こう。
 水車のある花揚川公園というのがあり、そこで少し休んで、さらに走る。
 その公園の近くだったか、「焼酎川」という酒飲みが喜びそうな名前のバス停があったので、一応、写真を撮っておいた。

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 そろそろ屋久島の南端が近い。カンカン照りの夏空の下、真っ赤なハイビスカスなど南国の花が賑やかに咲き誇り、クロアゲハやカラスアゲハが舞う光景は九州に来てからすっかり見慣れた光景だが、その背後にそそり立つ険しい峰々は雲とも霧ともつかない白いヴェールをまとっている。近景は色彩豊かな油絵なのに背景は水墨画みたいな不思議な眺めで、やはり屋久島だなぁ、と感動する。

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 左手には時々海が見え、その上空にはモクモクと入道雲が湧いている。

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 麦生の集落を過ぎて、有用植物リサーチパークという植物園があったが、入園料が1,000円もするので入るのはやめて、さらに進む。

 

     トローキの滝

 すぐに今度はトローキの滝。上流に有名な千尋の滝がある鯛之川の急流が最後も滝となって入り江に落ちている。それがトローキの滝。

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 滝の上にかかる橋からではよく見えないので、自転車を置いて、林の中を少し歩くと滝の展望所があった。時刻は11時半。
 よい滝である。落差はさほどでもないが、勢いよく峡谷を流れ下ってきた水がドーッと落下すると滝壷がもう海なのだ。滝を跨ぐ朱色の鉄橋も景観に鮮烈な印象を与え、峡谷を取り巻く緑豊かな照葉樹の森は急激に盛り上がって険しい岩峰に連なっている。そそり立つ峰はすっぽりと雲をかぶり、そればかりか頭上までもがいつしか雲におおわれ、ついに雨まで落ちてきた。

f:id:peepooblue:20211001121536j:plain(海に落ちるトローキの滝)

 すぐそばに「ぽんたん館」という観光物産館があったので、ちょっと立ち寄る。宮之浦からここまで33キロ。ちなみに「ぽんたん館」とは屋久島名産の柑橘類、ポンカン、タンカンにちなんでいる。お客はほとんどいない。ぽんかんアイスを買う。
 いつのまにか雨が強まり、たちまち凄まじい土砂降りになった。窓の外が真っ白に見えるほどだ。さっきまでカンカン照りだったのにあまりの天気の激変ぶりに驚く。出発を見合わせ、腹が減ったので、ドーナツを買う。
 雨が止むと、また陽が射してきた。
 12時40分に再び出発。土砂降りだったのがウソのようにまたカンカン照りである。といっても、山々の上には相変わらず白い雲が湧いている。

 

   シドッチ上陸地

 天に突き上げるようなモッチョム岳の麓、屋久町役場のある尾之間の集落を過ぎ、しばらく行くと、「シドッチ上陸地」というのがあり、とりあえず寄ってみた。
 県道から左折して田んぼの中の細道を海側へ下っていくと、すぐに小さな教会があり、その先に林に囲まれた公園があり、シドッチ上陸地の石碑があった。
 ジョアン・バティスタ・シドッチは1668年、イタリア・シチリア島生まれの宣教師で、ローマ法王の命を受けて布教目的で鎖国下の日本に来航、1708年、密かに屋久島小島恋泊の南、唐ノ浦に上陸したが、捕らえられ、長崎を経て江戸送りとなり、1714年に江戸のキリシタン屋敷の牢中で亡くなった。シドッチの取り調べにあたったのが新井白石で、彼はシドッチの広い知識に触れて『西洋紀聞』などを著し、それを読んだ8代将軍・徳川吉宗はそれ以降、洋書を読むことを許したのだという。

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 荒波が打ち寄せる海岸へ下りて、300年前、イタリアからはるばる極東の島までやってきて密入国をはかった男の緊迫した心理を想像してみた。

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     平内海中温泉

 さて、今日は行き当たりばったりで、あちこちに立ち寄りながら走っているが、唯一、初めから寄ってみようと考えていたのが、屋久島最南端に近い平内海中温泉。海辺の露天風呂で、満潮時には海中に没してしまうという珍しい温泉である。
 相変わらず起伏の多い段丘上の道を行くと、やがて案内標識があり、そこを左折。坂道を下っていく。亜熱帯植物に囲まれハイビスカスが咲く芝生の公園を抜け、林の中に自転車を置き、崖下へ階段を下ると、海岸に温泉が見えた。この時間は入れるようだ。

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 入口に料金箱があり、管理協力金として志で百円程度と書いてあるので、百円玉を入れ、「これより先、土足禁止」のラインでサンダルを脱ぐ。脱衣所ナシ。囲いナシ。水着着用禁止。波飛沫がかかるような荒磯の正真正銘の露天風呂で、先客は大阪からという男性1名。裸にタオル1枚の姿で、湯船の脇の石に座っている。44度というお湯はさらに直射日光で熱せられ、とても入れる状態ではないらしい。ただ、だんだん潮が満ちてきて、もうすぐ海水が風呂に流れ込むので、ちょうどよい湯加減になるという。僕も岩に腰かけ、湯船から溢れたお湯が流れ込む海水に足を浸して待つ。
 近くの岩にはハゼみたいな魚が何匹も海から上がってくるが、岩が波に洗われるたびに姿が見えなくなる。でも、またすぐ上がってくる。水から出ても呼吸できるらしい。ヘンな魚だが、妙にかわいい。
 そこへ地元のおじさんがやってきた。この温泉は地元の人々が管理しているそうだが、最近は見物だけの観光客が増えて困っているという。実は今も次から次へと数人連れの見物客がやってきている。もちろん、女性もいて、入浴したい気持ちはあるのだろうが、僕らがいるので、少し離れたところから眺めただけで引き返していく。それはまぁ、許せるとして、困るのは最初から入るつもりのない観光バスの団体客で、ひどい時には一度にバス2台で百人近い見物客が押しかけてくるそうだ。そうなったら入浴している人は堪ったものではない。いま話しているおじさんも以前、入浴中に見物の団体が来て、その中のオバチャンに「いい晒し者ね」と言われたそうだ。地元ではバス会社に温泉に立ち寄らないよう申し入れたそうだが、聞き入れてくれないという。

 そうこうするうちにも海面が上がってきた。湯船から溢れたお湯は岩の間を通って海へ流れていくのだが、その狭い水路にまで海水が逆流するようになり、時には波が段差を乗り越えて湯船の中にまで飛び込むようになった。少しずつお湯の温度が下がっていく。
 やがて海面と湯船の水面がほぼ同じになり、お湯と海水が完全に混じるようになった。そろそろ入り頃だ。湯船に体を沈めると、なんとも言えず気持ちがいい。最高の極楽気分。でも、時々押し寄せる波にのまれそうにもなった。やがて、この一帯は完全に海面下となってしまうのだ。ちょうどいいタイミングで来られてよかった。

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 16時過ぎに出発。すぐまた汗まみれになるのも嫌なので、急な坂道は無理せず自転車を押して県道に戻り、さらに西へ走る。すぐに通りかかるのが湯泊集落。ここにも海辺の露天風呂があるそうだが、もう寄らない。そのかわりアイスでも買おうかと商店に立ち寄ったら、店先でカナリアがとてもよい声で鳴いていた。
 途中、車に轢かれたタヌキ(たぶん)の変わり果てた死体を見つけたりして、西陽を浴びながらのんびり走っていくと、やがて屋久島の南西端にあたる黒崎。海の見える牧場があり、黒牛の群れが草を食んでいる。また、駐車場のある展望所もあって、少し休憩。

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 屋久島の東側の海は太平洋だが、ここから眺める西側の海は東シナ海である。その南寄りの水平線上に微かに薄く島影が見える。トカラ列島だそうだ。あの小さな島々にも住民はいるらしい。一体どんな暮らしがあるのだろうか。
 黒崎を回ると道は北へ向かう。中間の集落を過ぎれば、めざす栗生はもうすぐだ。

 

     栗生

 さて、ようやく栗生に着いた。宮之浦や安房に比べると、ずっと小さくて静かな集落で、栗生川を渡り、坂を上ると屋久島青少年旅行村のキャンプ場があった。1泊630円。バンガローには臨海学校の小学生が泊まっていて、賑やかだ。
 草地のサイトにテントを張り、栗生の集落に夕食の買出しに出かけた後、夕暮れの海辺を散歩。やってきたのは栗生川の河口北側に突き出た小さな岬(カマゼの鼻)の北向きの海岸。あたりにハマユウがたくさん咲き、岩礁の多い海岸には波が力強く打ち寄せている。浜にはサンゴのかけらが散らばっている。

f:id:peepooblue:20211001122745j:plain屋久島の西に浮かぶ口永良部島の島影)

f:id:peepooblue:20211001122900j:plain(夕闇に咲くハマユウ

 ここから眺める栗生から北の海岸線は山が迫って平地がまったくない。あの一帯が世界自然遺産の登録地で、その険しい地形を縫って西部林道が続いている。そして、その急峻な西海岸の沖に浮かぶ島が口永良部島だそうだ。屋久島と同様に山がすっぽり雲をかぶっているが、どんな島なのだろう。有人島ではあるらしいが。
 今日の走行距離は62.7キロ。夜、雨が時々ザーッとテントを叩いた。