北山猛邦『踊るジョーカー・名探偵音野順の事件簿』

 密室殺人や怪しげな洋館…、古典的な本格ミステリー作品といえるが、この作品が変わっているのは、事件の謎を解明するのが“世界一気弱な名探偵”だということ。
 主人公の音野順は、極端な人見知りで引っ込み思案の引きこもり青年。しかし、彼はすぐれた推理能力をもち、そのことを知る友人で推理作家の白瀬白夜は音野をなんとか社会に引っ張り出そうと探偵事務所を開設し、彼に「名探偵」という職業を与え、名探偵らしく見えるように演技指導もする。音野にさまざまな難事件を解決させ、それを自分の作品のネタにしようというのだ。しかし、音野は乗り気ではない。事件現場に行っても、すぐに「もう帰りたい」と駄々をこねる。かと思えば、現場で突然、手作りのお弁当を食べだしたりもする。
 笑ったのは、たとえばこんなシーン。
 探偵事務所を開設し、何もない部屋にとりあえず立派なデスクを置いてみたが、椅子は普通のパイプ椅子。そこに最初の依頼人がやってくる。握手を交わし、「どうぞ座ってください」と言ってはみたものの、依頼人の座る場所がない。で、用意したのが座布団。怪訝な表情で床に置かれた座布団に正座する依頼人。立派なデスクをはさんでパイプ椅子に座る音野。このおかしすぎる光景の映像が頭に浮かんで、読んでいた電車の中で思わず笑いそうになった。
 コミカルではあるが、ミステリー作品として純粋に楽しめる。続編が読みたい!