樋口有介『木野塚探偵事務所だ』

 経理課一筋37年、警視庁を定年退職した木野塚氏は、酒も煙草もギャンブルも女遊びもやらず、子どももおらず、妻との関係も冷え切ったまま、ナスやトマトをプランターで育てることだけが生きがいのような生活を送っていたが、ミステリー好きが高じてハードボイルド探偵に憧れ、一念発起、探偵事務所を開設する。グラマー美女の秘書を雇い、難事件を次々と解決する華麗なる探偵ライフを夢見るが、秘書募集の広告を出しても、誰も来ないし、仕事の依頼もない。
 そこへグラマー美女のかわりに現れたのが、女性ホルモンが足りないのじゃないか、と思うほどボーイッシュな梅谷桃世だった。仕方なく、彼女を秘書兼助手として雇うが、ようやく来た仕事の依頼も金魚の誘拐事件、犬の恋煩い…など冴えないものばかり。ハードボイルドな理想とはどんどん遠ざかっていくような気がするが、それでも、とりあえず始まった探偵ライフをノリのいい文章でコミカルに描いた連作集。これは面白い。ラストもいいね。