ジプシーの還暦祝い

 多摩動物公園のオランウータン、ジプシーはもうこのブログには何度も登場しているが、1955年、野生の生まれで正確な誕生日が分からないので、1月1日でひとつ齢を重ねることになっている。今年で60歳の還暦を迎えたジプシー。ボルネオオランウータンとしては世界最高齢の記録を更新した。
 ということで、そのお祝いイベントが1月11日の14時から行われるというので、何か面白いことが起こるのではないか、と期待して行ってみた。

 オランウータン舎に着くと、ジプシーは長女のジュリーやキキ&リキ母子と一緒に第3放飼場に出ていた。
 これはキキ&リキ。

 イベントの会場となる第1放飼場にはジプシーの三女チャッピーと孫のミンピー、アピがいた。
 これはチャッピー&アピ。

 そして、ジプシーにプレゼントされるケーキが展示されていた。スポンジ代わりの食パンにおからとヨーグルトを混ぜたクリームを塗り、フルーツや野菜で飾り付けたケーキ。まわりに集まった人間の子どもたちも食べたそうにしている。



 13時50分頃、チャッピー親子が室内に入り、その後、飼育員さんが赤いチャンチャンコやおもちゃやケーキなどをセッティング。

 ジプシーが出番を待っている。

 センターの台ともう一つの台の2か所にセッティング完了。

 扉が開くと、待ってましたとばかりにジプシーとキキ&リキが一緒に出てきた。しかし、おばあちゃんより動きが速いキキ&リキのほうが先にセンターの台にやってきて、プレゼントの箱を開け、ケーキを食べ始めた。予想通りの展開ではある。キキはケーキよりも箱の中身に興味があるようで、さっそく破壊開始。ファッション雑誌などが入っていたようだ。ジプシーは雑誌に出ている綺麗な女性が好きで、お気に入りのページを切り取っては袋に入れていた、という話を聞いたことがある。


 遅れて、ゆっくりやってきたジプシーは向かって左側の台に行き、ケーキを食べ始める。


 あとから出てきたジュリーもジプシーのところへやってきて、一緒にケーキを食べ始める。


 ジュリーも今年で50歳になり、北海道の旭山動物園に息子のジャックと孫のモリトがいるおばあちゃんである。モリトはジプシーからみれば曾孫だ。
 ちなみにジプシーにはジュリーを筆頭に4頭の娘(二女のサリーはすでに死亡)がいて、孫は8頭が健在。最年少は去年多摩で生まれたアピだが、曾孫もモリトのほかに釧路市動物園にいる孫のロリー(旧名タマ。ジプシーの二女サリーの娘)が死産も含め6頭の子を産んでいて、3頭が健在(弟路郎、ひな、りな)。そのうち僕も釧路で会ったことがある弟路郎はいま札幌の円山動物園にいるが、すでに子どものハヤトがいる。ハヤトはジプシーから数えて5代目、やしゃごにあたる。
 このようにジプシーの血統は脈々と受け継がれているわけだが、この先の繁殖を考えると日本のオランウータンの血統がジプシー系に偏っているとも言えるわけで、その点、ジプシーとまったく血縁関係のないキキとその子のリキは日本の動物園全体にとっても貴重な存在といえるのだろう。
 そのリキがジプシーのところにやってきて、いきなり頭をつかむ。ジプシーはリキに何をされても怒らない。



 日が翳って寒いのか、ジプシーは台を離れ、ひなたへ移動。
 ほどなくジュリーも箱にケーキを入れて、あとを追う。


 ジプシーのために用意された赤いチャンチャンコを被って、遊んだり、食べたりのキキ。


 ジプシーたちのところへリキがやってきた。



 こんな風に小さな子どもの相手をするのも精神の充実、元気の秘訣なのかもしれない。
 ジプシーがまた台にやってきて、紫色のちゃんちゃんこを着る(?)。

(プレゼントの中身は何かな?)


 スタッフが張りきって、いろいろ用意したわりには、特別面白い行動が見られたわけではないけれど、とにかくジプシーにはいつまでも元気でいて、長寿記録をどんどん更新してほしい。
 オスのキューも46歳になった。


(上の写真はタンゴではなくキュー。彼はまだまだ元気)

ジプシーの子孫についてネット上でいろいろ見ているうちに、釧路市動物園にいるジプシーの孫のロリーの旦那であるタンゴが昨年9月24日に亡くなっていたことを初めて知った。地元では新聞などでも報道されたようだが、さすがに東京までは伝わってこなかった(と思う)。
 僕がオランウータンという存在に心惹かれたのは1997年夏に釧路を訪れた時のタンゴとの出会いからだった。当時の記録。
 動物園で僕が最も時間を費やすのはたいてい類人猿の前だが、ここでは何といっても雄のオランウータンである。
 赤茶色の長毛に全身を覆われた彼は檻の中の高い位置から見知らぬ訪問者をじっと見下ろしていた。幅の広いグレイの顔に小さな瞳。そこから静かな意思がまっすぐにこちらへ照射されている。安易な解釈を許さない視線の力。あるいは何も考えていないのかもしれないけれど、まるで聖者だな、と思った。本来は熱帯のジャングルで暮らす「森の人」である彼がどんな経緯でこんな寒冷な釧路で生活することになったのか。彼と目と目を合わせていると、人間が動物との間に勝手に設定した不当な上下関係への無言の抗議を受けているような気がしてきた。

 1980年、英国生まれ。長野県の茶臼山動物園を経て1990年に釧路市動物園に来園。ロリーとの間に6頭の子どもをもうける(健在なのは3頭のみ)。最後の子どもは去年1月15日に生まれた、りな♀。
 亨年34歳。早すぎる、といっていいのかどうか分からないが、とにかく残念でならない。天国で、先に逝った子どもたちと一緒に遊んでいるかな。
 きょうはおめでたいネタのはずだったが、最後に悲しい話になってしまった。