芦奈野ひとし『コトノバドライブ(1)』

 大好きなマンガ『ヨコハマ買い出し紀行』の芦奈野ひとしの新作『コトノバドライブ』の第1巻を書店で見つけて、迷わず購入。
 今作もまた不思議な世界だ。
 主人公は「すーちゃん」という女の子(今のところ彼女の本名は不明)。「ランプ」というスパゲティー屋(メニューはミートソースとナポリタンしかないらしい)でアルバイトしていて、第1話「霧の夜のこと」は彼女が夜、バイトを終えて、買ったばかりの中古の原付バイクで家路につくところから始まる。
「潮くさい、ぬる風」という言葉から、彼女の生活圏も『ヨコハマ』と同様に海のそばであるらしい。原付バイクも、スクーターを乗りまわしていた『ヨコハマ』のアルファさんを思い出させる。
 すーちゃんは帰宅途中にコンビニで缶コーヒーを買って一服するが、そこでにわかに空気が変わり、まわりの畑から霧が流れ込んでくる。霧はやがて白くうねる海に変わり、そのまま、すーちゃんをのみ込んでいく。しかし、まもなく空気はカキッといつも通りになり、海はただの濃い霧に戻る。でも、体じゅうが潮くさい。そして、彼女はその場所がかつて入江だったという話を思い出すのだ。それだけの話。絵を見て、僕は三浦半島浦賀湾が思い浮かんだが、実際はどこだか、分からない。この作品でも、昭和っぽい香りが全体に漂うが、きっと文明が今よりいくらか衰退した未来が舞台になっているのだろう。
 第2話ではすーちゃんはカメラも手に入れている。カメラを持って原付バイクで彼女はあちこちへ出かけてゆく。
 第2話の「南の斜面」のモデルはたぶん城ケ島だと思うが、3話以降も何かに呼ばれたように廃道に迷い込んだり、大通りをはずれて旧道へ入ったり…。そして、行く先々で、もうみんなが忘れてしまった、土地の記憶に包まれるような不思議な体験をする。でも、それはいつもほんの5分ほど。
 何だろうね、この不思議な感じ。幻想的で、ちょっとホラーっぽい感じもあって…。きっと誰もが面白いと思うような作品ではないけれど、この独特の空気感はけっこう好きだな。
 1冊読み通しても、わからないことだらけだけれど、きっと最後まで読んでも、謎は謎のまま終わるのかもしれない。でも、これはずっと読んでみたくなった。たぶん最後まで読むだろう。
 それにしても、『ヨコハマ買い出し紀行』や『コトノバドライブ』を読むと、原付バイクがとても魅力的な乗り物に思えてくる。
 ところで、第5話には電線にずらっと並んで止まる野生化したインコが登場する。まるでウチの前の電線みたいな光景だ。まぁ、うちの近所のインコたちの中にはたまに赤いインコがまざっている、なんてことはないけれど。

 第1話「霧の夜のこと」ためし読み