吉川英治『新・平家物語』(一)〜(十六)

新・平家物語(一) (吉川英治歴史時代文庫)

新・平家物語(一) (吉川英治歴史時代文庫)

 吉川英治の『新・平家物語』は僕の愛読書だが、本日、吉川英治文庫版・全16巻を読了。これが4回目。
 高校の古文の授業はけっこう好きで、なかでも平家物語には印象に残る話が多かった。なので、その後、平家終焉地である壇ノ浦だとか、大原の寂光院だとか、嵯峨野の祇王寺だとか、物語の舞台になった場所もあちこち訪ねたりしたものだが、『新・平家』を最初に読んだのはいつだっただろう。
 中学3年の時に『宮本武蔵』で吉川作品に出会った後、祖母から『新・平家物語』が面白いと教えられたのだが、実際に手に取ったのは20代になってからだったと思う。とにかく、何度読んでも面白い。
 古典の平家物語鎌倉時代に源氏の立場から書かれたものだが、『新・平家』は平清盛の幼少期から平家の繁栄、源頼朝木曽義仲の挙兵と源義経の活躍による平家の滅亡、義経の悲劇、頼朝の死までを描く。
 場面ごとに清盛をはじめとする平家の人々、天皇上皇法皇といった皇族、朝廷や院を取り巻く貴族たち、あるいは頼朝、義経、義仲といった源氏の人々、さらにその下の武士たち、時代に翻弄される女性たち、市井の人々などがすべて主人公のように、しかも美点も欠点もある生身の人間として丁寧に描かれる。そのため読者はそれぞれの人物に感情移入しながら物語を読み進めていくことになる(どうにも感情移入できないのは梶原景時ぐらいか)。そして、読んでいて心を寄せた人物同士がやがて図らずも対立し、争いの坩堝に身を投じていくことで、読者の感情も激しく揺すぶられることになるのだ。
 そして、ついには栄華を誇った平家人もそれを滅ぼした源氏もみな儚くこの世から消えていく。まさに諸行無常。結局、一番の主役は留まることを知らず、すべてを過去へ過去へと押し流していく時間の流れということなのだろう。
 もともと昭和25年から7年の歳月をかけて雑誌に連載された作品である。八百年以上も昔の戦乱の時代を描きながら、そこに今も変わらず争いを続ける人間という存在を見つめ、作者の平和への深い想いも込められている。