『小説春一番・キャンディーズに恋した作曲家』

小説 春一番 ~キャンディーズに恋した作曲家~

小説 春一番 ~キャンディーズに恋した作曲家~

 キャンディーズのメインライターだった作曲家・穂口雄右氏とキャンディーズファンのライター増島正巳氏の共著になる作品『小説春一番キャンディーズに恋した作曲家』を書店で見つけ、迷わず購入。誰かにこういう本を出してほしいとずっと願っていたような作品がついに出た。
 作品は穂口雄右氏の目から見たキャンディーズのコーラスグループとしての成長・進化の物語とキャンディーズファンの少年の日常を当時の世相も絡めて描いたストーリーが2本の柱として1978年4月4日の後楽園球場に向かって同時進行する構成になっている。
 「年下の男の子」や「春一番」「微笑がえし」などキャンディーズの主要作品を生み出した穂口氏はグループサウンズ全盛時代に「アウトキャスト」というグループのオルガン奏者として世に出て、バンド脱退後はスタジオミュージシャンとなり、さらに作曲家に転身した人物である。たまたまテレビで目にしたまだレコードデビュー前のキャンディーズの姿と声に心を惹かれ、彼女たちの担当スタッフが偶然にもかつてのバンド仲間(松崎澄夫氏)だったことからヴォーカルレッスンを任されるようになる。このあたりはすでに知られた事実だが、実際にどのようなレッスンが行われていたのか、現場の様子が当事者によってイキイキと描かれている。まだ10代のラン・スー・ミキが難しいレッスンに必死でついていく姿が目に浮かぶようだ。キャンディーズのコーラスを特徴づけるランのファルセットが発見されたのもこのレッスンの時のことである。その時、その場所にいた人にしか知ることのできない内容が明らかになっており、これこそが本書の真価といえる。
 それはキャンディーズ・ブレイクのきっかけとなった5枚目のシングル「年下の男の子」のレコーディング裏話についても同じ。新進気鋭のドラマー村上“ポンタ”秀一やベーシスト岡沢章を起用した先鋭的すぎる演奏が渡辺プロダクション社長・渡辺晋氏に受け入れられず、やむを得ずミュージシャンを替えて再録音された話やその後の深夜に及んだ歌入れで一度はOKが出てキャンディーズが帰宅した後、ミックス作業の最中にランの歌のある一か所、穂口氏には気になる部分があり、結局、未明にランがスタジオに呼び戻され、歌いなおしたエピソードなども、そこでどんな会話が行われたのか、ランの歌唱のどの部分が問題になったのか、など高い再現度で描写されている。この時のオケの録音でリズムギターの差し替えが行われていたというのは僕は今回初めて知った。
 そして、最後のシングル、「微笑がえし」のレコーディング。キャンディーズがスタジオの譜面台に置かれた譜面を初見で歌ったことはすでに穂口氏によって明かされているが、そのあたりの描写もファンにとっては感慨深いものがあるし、単なるアイドルグループとしてキャンディーズを認識している人たちにとっては驚きの一コマということになるのかもしれない。
微笑がえし」は「リハーサルなしの一発録り」だったのだ。そして、それが当時の彼女たちにとっては普通のことになっていたのは彼女たちの「了解です」のひとことでわかる。本書を読み終えて僕が一番心に残ったのがこの「了解です」だった。
 タイトルにある「キャンディーズに恋した作曲家」。穂口雄右氏が恋をしたのはキャンディーズのルックスや人柄ももちろんだけれど、なによりもその音楽の才能、声の魅力だったことは明らかだろう。
 僕がキャンディーズをずっと聴き続けているのも彼女たちの音楽的魅力が一番の理由だ。そして、当時、中学生だった僕が彼女たちの音楽的な魅力を強く印象づけられた楽曲が「グッドバイ・タイムス」。この曲について、こんな風に書かれている。
「そもそも穂口はこの曲を作るにあたって、プロとして成長したキャンディーズの実力を未来に残したいと考えた。みんなが『もったいない』と惜しむキャンディーズの解散。それを、もっともっと惜しいものに、いや、あとに生まれてくる人たちまでが、くやしがるほどのものにしてやろう・・・」
 僕はまさに穂口氏の目論見通りにキャンディーズの音楽にハマり、そして抜け出せなくなったのだった。

グッドバイタイムス