『激動の日本列島 誕生の物語』

 

NHKスペシャル 列島誕生 ジオ・ジャパン 激動の日本列島 誕生の物語

NHKスペシャル 列島誕生 ジオ・ジャパン 激動の日本列島 誕生の物語

 

  NHKスペシャル「列島誕生 ジオ・ジャパン」制作班監修『激動の日本列島 誕生の物語』を読む。

 その直前に藤岡換太郎『フォッサマグナ~日本列島を分断する巨大地溝の正体』(ブルー・バックス)を読んだので、その関連で本書も読んだ。

 

フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体 (ブルーバックス)

フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体 (ブルーバックス)

 

  NHKスペシャル「列島誕生 ジオ・ジャパン」の番組はテレビで観た記憶があるが、こういうのはすぐに忘れてしまうものである。そこで、その番組内容を書籍化した本書をもとに日本列島がどのように出来上がったのか、メモ風に書き留めておこう。

 我々が暮らす日本列島は過去3000万年の間に起きた四つの大事件によって、現在の姿になったという。

 第一の事件「大陸からの分離」

 日本列島はもとはユーラシア大陸の一部だった。それが大陸から引き裂かれて、現在の位置に移動してきたのだという。

 3000万年前からユーラシア大陸の東縁部で巨大地震を発生させながら激しい火山活動が始まり、大地が割れ始めた。広がってゆく裂け目には水が溜まり、湿地や湖ができる。これが日本海の原型である。

 約2500万年前には大地の裂け目が太平洋と繋がり、海水が流れ込む。裂けた大地はまるで観音開きのように大陸から離れ、現在の日本列島の位置まで移動してきた。現在の東北日本は反時計回りで回転し、西南日本は時計回りで回転。これは1500万年前より古い岩石の地磁気の指し示すN極の向きが東日本では西寄りに、西日本では東寄りにずれていることで分かるという。

 また、日本列島が大陸から引き裂かれて現在地まで移動してきたのは、太平洋プレートが大陸プレートの下に潜り込み、大陸プレートの下のマントルに東へ向かう流れが生じ、大陸プレートが引き延ばされ、裂け目が生じて、裂けた部分が東へ移動したというように説明されている。

 本書では触れられていないが、東北日本西南日本という二つの陸地の間に形成されたのがフォッサマグナ(巨大な地溝の意味)である。現在の日本列島を南北に分断するこの巨大な溝は深さが6,000m以上もあり、その西縁が糸魚川‐静岡構造線と呼ばれる大断層である。東側の境界については不明瞭で、その場所については諸説あるらしい。そして、フォッサマグナの北半分の地層を調べると、この溝が過去に浅い海→深い海→浅い海→淡水湖→陸地と変転してきたことが分かるそうだ。つまりさらに昔は大陸の一部だった場所が裂けて海水が流入し、海になり、その後、堆積が進んで再び陸地化したということだ。そして、この深さ6,000m以上の巨大な溝=フォッサマグナを埋めた膨大な堆積物が東西の日本を接続していることになる。

 このフォッサマグナの南半分(山梨・静岡・神奈川あたり)の地質は北側とは全く異なる。それが第二の事件に関係している。

 

 第二の事件「火山島の衝突」

 神奈川県北西部の丹沢山地には標高1,000mを超える山々が連なっているが、その地層からはサンゴやオウムガイなど本州から遠く離れた南の暖かい海で堆積したことを示す化石が見つかっている。また丹沢では海底で噴出したマグマが冷えて固まった枕状溶岩が複数の場所で見つかっている。つまり丹沢は遠い昔にはるか南方で生まれた海底火山であり、それがサンゴ礁に囲まれた火山島になっていた時期があったということだ。

 伊豆半島がかつては島であり、北へと移動してきて本州に衝突して半島になったということは知っていたし、丹沢がそうした動きと関係していることも知ってはいた。ただ、僕は丹沢は伊豆半島が本州にぶつかった衝撃で隆起したのかと思い込んでいた。しかし、そうではなかった。丹沢もまたかつては火山島であり、南の海から北上して来て、本州に激突し、プレートから引き剥がされて陸上に乗り上げたのだった。エスカレーターに物をのせておくと、末端部でステップは床下に消えていくが、物はそこで引っ掛かり、乗り上げるのと同じである。

 太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に潜り込むことによって、プレート境界にあたる伊豆・小笠原海溝に沿って地下で生じたマグマが海底から噴出して生まれた火山島や海底火山の列が伊豆諸島である。それがプレートに乗って次々と北上し、日本列島に衝突するようになったのである。

 伊豆の火山島が日本列島に最初に衝突したのは1500万年ほど前のことだという。最初は甲府盆地の西側にある櫛形山地、続いて富士山北側の御坂山地、さらに丹沢山地、そして約100万年前に伊豆半島が衝突したのだった。そして、これらの島々が西南日本の東端にぶつかることで、南部フォッサマグナに乗り上げ、巨大な溝を埋めてしまったわけだ。

 フィリピン海プレートは今も年間4cmほどの速度で北上しており、その上に乗っている伊豆大島や三宅島、八丈島などもいずれは次々と本州に激突するはずである。その頃にまだ人類がこの星に生存しているかどうかは分からないけれど。

 ところで、日本に生息するニホントカゲは細かく分けると、東日本に生息するヒガシニホントカゲ、西日本のニホントカゲ伊豆半島(富士山以南・富士川以東・酒匂川以西)・伊豆諸島のオカダトカゲに分類されるが、これは日本列島がフォッサマグナで東西南に三分されていた時代の名残ということだろうか。

 また、多摩川相模川、酒匂川など南関東の河川が北西~南東方向に流れているのは、フィリピン海プレートが大陸プレートの下に沈み込む境界線に沿って水が流れているからで、今は酒匂川の下あたりにプレート境界があるという。

 さらにプレートの沈み込みで生じたマグマが噴出してできたのが富士山や箱根の山々であることは言うまでもない。

 

 第三の事件「世界最大規模のカルデラ噴火」

 紀伊半島の南部には半円を描く弧状に巨石が分布し、そばには高温の温泉がやはり弧状に並んでいる。紀伊半島には活火山がないのに、なぜ温泉が湧いているのか。その秘密は紀伊半島南部の地下に存在する謎の岩に関係がある。この巨岩は紀伊半島の地下1㎞~20㎞にかけて存在し、周囲よりも温度が高く、その大きさは神奈川県ほどもあるという。そして、その正体はマグマが固まってできた花崗岩であることが分かっている。この超巨大な岩が熱源となって、紀伊半島に高温の温泉が湧き出ているのだ。

 今から1400万年ほど前、日本列島はほとんど平坦だった。そこへ今の紀伊半島で南北40㎞、東西23㎞にわたる半円形の裂け目から地下に溜まっていたマグマが一気に噴出し、内部の大地が大きく陥没。地球史上最大規模のカルデラ噴火となった。この時、地底に残ったマグマが固まり、巨大な花崗岩ができたわけだ。地上には膨大な噴出物が堆積したが、火山灰などは雨で流出するなど風化が進み、硬い岩だけが残ったという。

 さて、地下の巨大花崗岩。周囲の岩より密度が低く、軽い。そのため、千数百年の間に10㎞も浮き上がり、大地を持ち上げ、平坦だった列島に山岳を造り上げたということである。

 同時期に九州から四国、紀伊半島、東海地方にかけて同様の超巨大噴火が相次ぎ、地下に生じた花崗岩が浮き上がって、各地に高い山を造り出す。では、なぜそのような巨大な噴火が連続して起きたのか。

 それもプレートの動きが原因である。フィリピン海プレートが東へと引っ張られ、その結果、生じた裂け目からマグマが溢れ出し、フィリピン海プレートは表面温度が1,000℃にも達するようになった。そこへ大陸から引き裂かれて移動してきた西南日本が乗り上げ、西日本の地下が急激に熱せられて大量のマグマが発生し、同時多発的に超巨大カルデラ噴火が西日本で相次いだわけである。

 西日本の山々はその後の風化で高さが失われているが、それでも西日本最高峰の石鎚山愛媛県、1982m)などは地下に巨大な花崗岩が存在し、その一部が露出しているという。

 

 第四の事件「山国をつくりあげた『東西圧縮』」

 東日本は西日本に比べて高い山が多いが、今から300万年前に突然、東日本が隆起を始めたという。

 房総半島の沖に大陸プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートが重なり合う「三重会合点」がある。

 ここでフィリピン海プレートは大陸プレートの下に潜り込んでいる。しかし、300万年前、フィリピン海プレートはやはり大陸プレートの下に潜り込む太平洋プレートに行く手を阻まれ、移動する向きが北から北西に変わったという。すると、太平洋プレートが沈み込むラインが列島寄りに移動し、その結果、大陸プレートが押されて、東日本が東西から圧縮されて盛り上がるということが起きたのである。

 東日本は過去300万年で2,000mも隆起し、今も隆起を続けている。隆起速度は北アルプスなどでは年間4~5mmにも達するというが、日本列島は高山ができたことで海洋からの水蒸気を含んだ風が山にぶつかり、雲が発生し、大量の雨や雪が降るようになった。そのため隆起と同時に風化や浸食も起きている。もし、隆起が止まれば、日本の山々はどんどん低くなっていくのだろう。そして、日本列島が平坦な島になってしまえば、降水量は激減し、豊かな水の恵みも失われてしまうことになる。

 日本列島が激動の末に生まれた大地であることはよく分かった。と同時にこの激動は現在進行形でもあるのだ。

 

 本書で書かれていることには仮説も含まれているし、異論もあるはずだが、ひとつのストーリーとしてこうしてメモしておくことは個人的には意味があることだと思っている。