地底駅とループ線(その2)

 上越線湯檜曽、土合の両駅を訪ねる旅の話の続き。

 水上で約1時間、時間つぶしをして、11時40分発の長岡行きに乗車。先ほど湯檜曽から乗った電車の折り返しで、これも臨時列車である(越後湯沢からは毎日運行)。

 昼食にはまだ早いが、少しお腹が空いたので、駅前のお店でこの辺の名物であるらしい生どら焼きを買った。小倉や抹茶のほか、チョコ、イチゴ、栗、マンゴーなどがあり、栗を選ぶ。

 冷たいどら焼きで、中身は生クリームに栗。美味しかった。

 さて、電車はたくさんの客を乗せて、水上を発車。今日2回目の新清水トンネルに入って湯檜曽に停車し、さらにトンネル内を4分ほど走って土合に着いた。まさに地底駅である。こんな駅で降りると、周囲の乗客から物好きな奴だと思われるのではないか、と想像していたが、驚いたことに、ホームに大勢の人がいる。物好きな人は自分だけではなく、しかも予想以上にたくさんいたのだった。もちろん、下車客も僕だけではなかった。ちょっと前ならこのような駅を訪れるのは鉄道マニアに限られ、それは大体男であったが、今は女性もいるし、家族連れもいる。老若男女、各種揃って、みんなカメラやスマホで写真や動画を撮影している。


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 あちこちから「寒い、寒い」という声が聞こえる。確かに冷凍庫の中とまでは言わないが、冷蔵庫の中ぐらいの寒さに感じる。それでもみんな嬉しそうだ。

土合駅から湯檜曽方面を見る。かつては線路が2本あったことが分かる)

 ところで、土合駅は過去の記憶とは様子が少し違っていた。本来のホームからせり出すように新しいホームが設置されているのだ。昔は本線(通過線)と待避線があり、待避線にホームがあった。つまり、ここで特急・急行の通過待ちができたが、今は普通列車しか走らないので、待避線の線路を撤去して、旧待避線上に本線に沿うホームが新設されたわけだ。

 土合駅は新清水トンネルの入口から3.9キロ、出口まで9.6キロの地点にある。トンネルの長さは13,490メートル。

 旧ホームには待合室があり、その壁面にはびっしりと来訪者のメッセージその他が書かれた紙片が貼り付けられている(上写真)。そして、その並びの旧事務室はビールの熟成に利用され、貯蔵タンクが並んでいる。このホームの低温で、一年中気温が変わらない環境がビールの熟成に適しているらしい。このビールは毎年秋に駅で開催されるイベントで提供されるとのこと。

土合駅より新潟方面を望む。トンネル出口は9.6キロ先)。

 さて、トンネルの中の地底駅から地上に出よう。湯檜曽と同じようにホームと直角に地下トンネルが掘られ、湯檜曽の場合は通路はほぼ水平だったが、土合では階段になっている。これが有名な階段である。

 階段の登り口に「ようこそ日本一のモグラ駅へ」という説明板がある。

 この階段は、338メートル、462段あります。階段を上り、143メートル(階段24段)の連絡通路を経て、改札口になります。
 また、この下りホームの標高は海抜583メートル、駅舎の標高は、653.7メートルあり、駅舎と下りホームの標高差は70.7メートルあります。
 改札口までの所要時間は、約10分要します。
 足元にご注意してお上がり下さい。

 

 隣の湯檜曽駅には海抜555メートルとか557メートルとか書いてあったから、下り線では標高差は30メートルほどだが、上り線だと100メートル近い標高差ということになる。それだけの標高差を下ると、かなりの急勾配になってしまうので、ループ線にする必要があったわけだ。

 階段は1段ごとに数字が書かれ、5段ごとに約3歩分の踊り場がある。長い階段ではあるが、山登りだと思えば、まあ大したことはない。

 階段の脇には浅い溝があって、地下水が沢のように流れている。これはエスカレーターの設置を見込んだスペースだったらしい。もちろん、実際に設置されたことはないし、今後もないだろう。下りのための滑り台にしたら、どうだろうか。

 途中で壁面から地下水が勢いよく落ちているところがあり、また休憩用のベンチもあったが、休むことなく462段を上りきる。最初は寒かったが、だんだん体が温まり、気温もどんどん上昇して、すっかり夏の気温に戻った。

 上から振り返ると、いかにも地底に通じる階段という感じ。

 階段の続きは連絡通路で、湯檜曽川を越える。ひどく汚れた窓越しに美しい渓谷が見下ろせた。

 トンネルを通過する列車が巻き起こす風圧を左右に分散させるためと思われる、上から見るとV字形の衝立の向こうに扉があり、その先にさらに通路が続いて、今度は国道を越える。そして、12段ずつの階段を2度上って右に折れるとようやく改札口に到着。階段は462+12+12で合計486段。僕のように興味本位でやってきた人間はいいとしても、この駅を日常的に利用するとなると、やはり大変だし、高齢者や体の不自由な人はほとんど利用できない。土合駅前には水上方面と谷川岳ロープウェイの駅を結ぶ路線バスが通っており、こちらの方が運行本数も多いし、便利なので、自家用車のない地元の人は鉄道よりはバスを利用するのだろう。

 さて、土合駅も今は無人駅。駅員がいた頃は下り列車の改札は列車の発車時刻の10分前に打ち切ると時刻表の欄外に書かれていたのを覚えている。その改札口から左へ行くと下りホームで、右へ行くと、すぐに上りホームに出られる。あまりにも雰囲気が違って、同じ駅とは思えない。

 ススキに囲まれた山間の小駅である。そして、架線柱やビーム(架線を支える梁)が緑色に塗装されているのを見ると、上越線だな、と思う。

 何やら水音がするので、ホームの水上寄りの先端まで行くと、線路の向こうに滝が見えた。

 さて、このあとは13時49分発の長岡行きに乗る予定である。まだ時間はたっぷりあるので、土合駅の外へ出てみよう。駅前に立つと、正面に山がある。あの山の地下深くに下りのホームがあるのだ。

 右手には国道と渓谷を跨ぐ連絡通路が見える。

 山小屋風の駅舎。谷川岳の登山基地に相応しい駅でもある。登山者にとっては長い階段がよいウォーミングアップにはなるのだろう。こんなところで無駄なエネルギーを使いたくないと思うのかもしれないが。列車を降りたところからが登山なのだ。ゼロからの出発ではなく、マイナス70メートルからの出発である。

 駅前に車がたくさん止まっているのは、鉄道を使わず、車でトンネル駅見物に来る人が多いということか。

 谷川岳の一ノ倉沢から流れてくる湯檜曽川。

 近くにドライブインがあったので、そこで昼食。

 エンマコオロギやキリギリスの声を聞きながら、駅に戻る。相変わらず赤トンボが多く、草むらからカンタンらしきルルルルルルルル・・・という声も聞こえた。

 実は計画段階で土合から谷川岳ロープウェイで天神平まで登ってみるのも一興かな、と考えていたのだが、昨日の天気予報では群馬県北部に雨雲がかかるような予報だったので、今日は雨を覚悟していて、それなら山に登っても何も見えないだろうと思い、山登りは取りやめたのだった。しかし、天気は予想ほど悪くない。雲は多いが、青空も見える。リュックに折り畳み傘は入っているが、長い傘を持ってこなくてよかった。

 とにかく、一度上越国境を越えるべく、再び地底駅に下って、長岡行きの電車に乗ることにする。次の目的は上り線にある二つのループ線を通ることである。

 さらにつづく。