安曇野サイクリング(その2)

 9月10日、信州・安曇野で自転車を借りてサイクリングをした話のつづき。

 安曇野といえば、道祖神が多い地域で、ひとつひとつが個性的で、これを訪ねて回るのが楽しい。そして、こういう時こそ自転車の機動力が最大限に発揮されるのだ。

 

 秋の花々が咲く辻に立つ道祖神。電線ではモズが高鳴きしていた。 

 これも酒器を手にした祝言型。彩色は地元の子どもたちが施すことが多いらしい。

 これは大糸線柏矢町(はくやちょう)駅近くの道祖神。男女神が抱き合い、舌と舌をくっつけ合っている。ちょっとエロティック。こういうのは子どもに彩色はさせないのかもしれないが、カラーバージョンを見てみたい気もする。

 おや、写真を改めて見て気がついたが、下半身はどうなっているのか?! ちょっとどころではないほどエロティック?

 柏矢町駅。

 駅の南側の踏切近くにも道祖神、二十三夜塔、庚申塔

 踏切を渡り、大糸線の西側の地区へ。レンタサイクル店でもらった地図を頼りに道祖神を探索。

 コスモスとソバの花。

 左から道祖神勢至菩薩を本尊とする二十三夜塔、庚申塔馬頭観音

 左から「南無阿弥陀佛」の念仏供養塔、庚申塔道祖神

 道祖神も多いが、二十三夜塔や庚申塔も多いのが分かる。

 二十三夜は民間信仰のひとつで、旧暦二十三日の晩に村の月待講の人々が集まり、飲食をともにし、お経を唱えたり、本尊の勢至菩薩を拝んだり、雑談したりしながら月の出を待つ習俗で、その供養のしるしとして建立されたのが二十三夜塔である。地域によっては十九夜塔なども見られるが、二十三夜の月待は下弦の月がちょうど真夜中に昇ってくるので、各地で特に多く行われたようだ。ちなみに今夜は旧暦8月15日、十五夜である。

 庚申塔は中国から伝わった道教に基づく民間信仰の所産。人の体内には三尸(さんし)の虫というのがいて、60日に一度巡ってくる庚申(かのえさる)の日に体内から抜け出し、天に昇って天帝にその人の悪事を報告する。天帝はその悪事の大小に応じて、その人の寿命を縮めると信じられた。そこで人々は庚申の夜に集まり、三尸虫が抜け出さないように寝ずに夜明かしをしたのである。こうした集まりを3年間、18回行った時にその記念として村の辻などに庚申塔を建立するということが江戸時代に流行し、今も各地で庚申塔を見ることができる。

 火の見櫓発見。こういう村の辻に道祖神はある。

 西へ向かって坂を上がっていくと、川があった。坂を上がると川、というのは不自然だが、これは自然の川ではなく、用水路である。拾ヶ堰(じっかせぎ)というそうで、江戸後期の文化13(1816)年に通水した歴史のある灌漑用水なのだ。ワサビ田がある大糸線の東側は湧水が豊富な地域だったが、今いる西側は扇状地で、水が地下に浸透してしまい、農業用水が乏しい地域であったため、奈良井川(現・松本市島内)から取水し、穂高町の烏川まで約15キロの灌漑用水をわずか3カ月で開削したのだという。ほとんど等高線に沿っているので、水の流れはゆるやかで、清らかな水が滔々と流れる万水(よろずい)川などとは様相がだいぶ違う。安曇野で水が湧き出し、ワサビ栽培が行われるのは扇状地の末端部分である。

 レンタサイクル店でもらった地図には店(穂高駅前)を基準にした主要地点との標高差が表示されていて、大王わさび農場は店より25メートル低いが、拾ヶ堰は店より20メートル高い。この扇状地の高低差が水の便の違いとなっているわけだ。当然、西へ行くほど北アルプス山麓の扇頂部に近づくので、標高はどんどん高くなっていく。

 さて、拾ヶ堰沿いに自転車道があり、これを北へ向かう。

 水田があるのは拾ヶ堰のおかげであろう。

 道祖神と大黒天。

 穂高本郷地区の火の見櫓と道祖神と二十三夜塔。

 道祖神に比べて二十三夜塔は塗り方がかなり粗雑にみえる。

 個人的には今日のNo,1。

 あとひとつ。道祖神、恵比寿様、大黒様。これは見覚えがあって、前にも写真を撮ったことがあるような気がする。

 1988年3月の写真。

 いつのまにか13時を過ぎ、自転車を借りてから3時間が近づいた。そろそろ戻ろうか、ということで、穂高駅前に戻り、自転車を返却。600円。
 大王わさび農場は観光客だらけだったが、あとは観光客の姿は全く見なかった。観光とはつまり旅先での消費行為のことであり、安曇野にも大王農場のほかにも数多くの美術館やギャラリー、レストランやカフェ、蕎麦屋、パン屋、スイーツ店、ガラス工房などがあり、観光客はそういう場所で見学や飲食、アクティビティに盛大にお金を使うことが期待されるわけだが、僕は道祖神だけ見て、おしまいにしたので、地元経済への貢献は600円だけということになる。本当は昼食をとりたいのだが、次の列車の時間が迫っているので、それも断念。

 ということで、13時35分発の松本行きに乗車。混んでいて、僕は運転席の真後ろに立っていたが、発車直後に列車は緊急停止。松本駅構内で人の立ち入りがあり、全列車に緊急停止信号が発せられたらしい。安全確認後、8分遅れで穂高を発車。この間、穂高駅の先の踏切はずっと閉まったままで、クルマの大渋滞ができていた。