西洋朝顔はすでに咲いていて、毎朝、ブルーの花をつけているが、今日はこれまでで最多の4輪が開花。
西洋朝顔コーラルブルー。
これは街で見かけた昼顔。
(きょうの1曲)Kate Bush / Delius (Song of Summer)
今日は夏至。東京の日の出は4時25分、日の入りは19時ちょうど。日の長さは14時間35分。といっても、朝から曇りで、太陽は出なかった(と思う)。夕方から弱い雨も。
昨日から鉄砲百合が咲きだした。この清楚な感じが好きだが、なんとなく葬式を思い出したりもする。
よりゴージャスで強い芳香を放つ山百合は7月になってからかな。
さて、日曜日に江ノ島方面を歩いてきた話。江ノ島から海岸沿いに鎌倉高校前駅まで歩き、今度は線路沿いに江ノ島方面へ戻るところから。
途中で見かけたダックスフント。
源義経の腰越状で有名な満福寺に寄ってみたら、大河ドラマのおかげで次々と参拝者が訪れていた。若い3人連れが本堂に向かって二礼二拍手一礼。
ここでは境内の背後の地層から水が湧いていて、弁慶が有名な腰越状の下書きをするために墨をするのに使ったという「硯の池」や「義経手洗いの井戸」、さらに奥には「行基菩薩御加持瑠璃光水」という井戸などが崖下に湧いている。このお寺は行基が開いたという伝説があるのだが、この寺の歴史のどこまでが本当なのかはよく分からない。
腰越駅の紫陽花。
腰越~江ノ島間で古い写真館の前を行く電車。店内にジャンボマックスがまだいるのを確認。あのドリフターズのコントに出ていた巨人。前に一度写真を撮ったことがあるのだが、どこかへ消えてしまった。
江ノ電の江ノ島駅といえば、手編みの服を着せてもらった小鳥たち。
紫陽花カラーだね。
このピコリーノ、ガチャにもなっていて、ウチにもある。
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すばな通りを経て小田急の片瀬江ノ島駅へ。もう一度、海を見てこようかとも思ったが、面倒くさいのでやめる。
この建て替えられた駅舎も完成した姿を見るのは初めてだ。
自宅から自宅でこの日の歩数は25,177歩。けっこう歩いた。
昨日(6月19日)、江ノ島に出かけた話の続き。
昼食後、湘南港のヨットハーバーの前の聖天島を見物。この小さな岩山は昔は江ノ島とは別の島だったのが、関東大震災の時に地盤が隆起して陸続きとなり、さらに昭和の東京オリンピックの時に周辺が埋め立てられ、現在の姿になったという。昨年のオリンピックでも江ノ島はヨット競技の会場になったが、僕は大会期間中をほぼ病院で過ごしたので、あまり覚えていない。というより、昨年の東京オリンピックは本当にあったのか?といった感じである。
とにかく、聖天島も地層が露出して、なかなか興味深い。ただ、防護フェンスで囲まれてしまって、ちょっと残念な姿になっている。
ここの地層は江ノ島本体の葉山層群とは明らかに違って、それより新しい1200万年前~300万年前に海底で堆積した三浦層群である。葉山層群が一度隆起した後、再び海に沈み、海底となったその上に堆積したもので、砂岩や泥岩にスコリアや軽石、火山灰などの火山噴出物を含んでいる。当時は富士山も箱根火山も誕生する前なので、やはりかつて火山島だった丹沢あたりの噴出物なのだろう。丹沢が日本列島に衝突を開始したのがおよそ500万年前のことだから、三浦層群も葉山層群と同様に南の海で堆積し、列島に付加した地層である。聖天島は厚さが2000メートルほどの三浦層群の中でも新しい池子層と考えられていたが、より古い逗子層の可能性もあるとのこと。いずれにしても、数百万年前の地層である。
先日、千葉県の小湊鉄道沿線で見た上総層群は三浦層群より若い地層で、横浜あたりでは三浦層群の上に上総層群が載っている。
さて、聖天島の地層をじっくり眺めているのは僕だけだったが、島の周囲を埋め立てて生まれたヨットハーバーではハーバーフェスティバルというのが開催されていて、賑わっていた。ここの敷地内に立ち入るのは初めてだ。
先端部には海水を引き込んだタイドプールがあり、子どもたちがカニなどを捕まえて遊んでいる。
海上にはたくさんのヨットが浮かんでいる。
対岸を走る江ノ電。だんだん青空が広がって、海も青くなってきた。
港には海上保安庁の船もいる。
湘南港をあとに島の入口に戻る。どこへ行っても、人、人、人・・・なので、江ノ島はもういいか、という気分になる。
ちょうど干潮で、本土と島が陸続きになっていたので、橋ではなく、砂の道を歩いて片瀬海岸へ戻る。江ノ島は陸繋島であり、このような砂の道はトンボロと呼ばれる。
こんな風に橋を使わずに渡るのは初めてかもしれない。だんだん潮が満ちてきて、トンボロが狭くなってきているようだ。完全に水没するまでずっと見ていたいなぁ、とも思ったが、やめる。
片瀬海岸から腰越方面へ。どこも観光客が多くて、その上空をトビの群れが飛び回っている。時折、食べ物を狙って急降下。
腰越漁港。
腰越漁港の崖。ここも三浦層群。見事な地層である。
崖の上は小動(こゆるぎ)神社。
小動神社。
小動岬の展望台より。
若い男女4人組にカメラのシャッターを頼まれた。懐かしい使い捨てカメラ「写るんです」だ。若い彼らにしてみれば、スマホではないところにも意味があるのだろう。
江ノ電の鎌倉高校前駅まで歩く。撮影スポットとして有名な踏切には今日もたくさんの人が来ていて、中国語も聞こえた。
こちらは人が少ない個人的撮影スポット。
このあたりは随所で地層観察ができる。
あと一回つづく。
コロナ禍の影響もあって、ずいぶん長く海を見ていないな、と思い、一番手近な海ということで江ノ島へ行ってきた。
9時過ぎの電車で出かけ、成城学園前に着くと、すぐに江ノ島行きのロマンスカーがあることが分かり、ホームで特急券を購入。片瀬江ノ島まで行ってもよかったのだが、今日は一つ手前の鵠沼海岸駅から散策を始めようと考えていたので、とりあえず藤沢まで。
北千住発の「メトロはこね・メトロえのしま91号」。60000形MSE。いわゆる青いロマンスカーである。
最初は空席が目立ったが、「はこね」との切り離し作業がある相模大野でかなり乗ってきて、座席はほぼ埋まった。家族連れが座席を回転させて向かい合わせにしたところで、「感染予防のため座席を向かい合わせにするのはお控えください」とのアナウンスがあり、また元に戻したりしている。
快適な45分で藤沢に10時05分に着き、各駅停車に乗り換えて鵠沼海岸駅で下車。
サーフボードを積んだ大型フック付き自転車とすれ違ったりして、いかにも海が近い町らしい雰囲気。でも、ひどく錆びついた自転車を目にすると、海辺の暮らしというのはなんでもすぐに錆びてしまって大変なんだろう、とも思う。真っ黒に日焼けした人も多い。
巣立ったばかりのツバメの子どもたちが電線で賑やかな住宅地を抜け、海岸に出た。もう少し晴れるかと思っていたが、案外雲が多く、海も青くはない。海の向こうに見える箱根の山々は頂に雲が湧き、それがまるで噴煙のようだ。富士山は裾野だけが見えている。
まずは片瀬海岸のほうへ歩くが、やはり人が多い。海の家の建設も始まっている。のんびりと海を眺める気分でもない。日曜日なので、静かな浜辺など期待できないのは最初から分かっていたことではあるが、「意外に人が少ないね」なんて言っている人もいた。
賑わっている水族館の前(裏?)を通り、片瀬漁港までやってきた。
防波堤灯台。釣り人が多い。海パン一丁で寝そべっている人も多いが、膝を抱えて全裸で座っているオッサンもいた。ここでは許されるのか?
漁港では何やらイベントをやっていて、屋台がたくさん出ている。トンビもたくさん集まっている。
ここで何か買って食べるのはかなり危険。
この後、観光客に交じって江ノ島に渡り、湘南港方面へ。ここに来ると、必ずイソヒヨドリを見かけるので、今日も期待していたら、それより先にクロサギ発見。その向こうに群生しているのはカメノテか。
クロサギを見るのは久しぶりだ。青森県の深浦町や長崎県の対馬で見た記憶はあるが、江ノ島では初めてか。
足の裏は鮮やかなオレンジ。
湘南港灯台の周辺も釣り人だらけで、ゆっくり海を眺める感じでもない。半裸で寝そべっている人も多い。
堤防上には帯状に石を敷き詰めたような足つぼロードがあり、僕は歩かなかったが、靴を脱いで歩いているおじさんの動きと表情が面白かった。相当痛そうだった。
やはりイソヒヨドリ発見。まぁ、ここでは探さなくても、いつもいる。
イソヒヨ♀。
これは幼鳥かな。
江ノ島の崖。
江ノ島の主要部分を構成するのは地質的には葉山層群と呼ばれる新生代新第三紀中新世の地層である。1650万年前~1200万年前に海底で堆積した砂岩、泥岩、礫岩などからなり、三浦半島中部を横断するように二列の地層が存在し、それが江ノ島にも続いているようだ。江ノ島で見られるのは層の厚さが3500メートル以上もあるという葉山層群のうちの大山層で、約1500万年前に堆積した火山灰を含む凝灰質砂岩である。
1500万年前といえば、大陸の一部だった日本列島が日本海の形成と同時に大陸から離れ、現在の位置まで移動してきた頃であり、またフィリピン海プレートの北上により、伊豆の火山島や海底火山の衝突が始まった時期でもある。葉山層群は南のフィリピン海プレート上で丹沢山地や伊豆半島を生み出した火山のそばで堆積し、それが北上してきて日本列島に付加したものなのだろう。大陸プレートの下に沈み込めずにフィリピン海プレートから引き剥がされて列島に付加したわけだから、当然、凄まじい地殻変動を受けているはずで、傾いたり、歪んだり、割れたりした、著しい変形の結果が現在の姿である。しかも、それが隆起したり、また沈降したり、波で削られたりして、断崖絶壁に囲まれた江ノ島になっているのだ。もちろん、いまの江ノ島が最終的な完成形というわけではなく、これからもその姿はどんどん変わっていくのである。
葉山層群の上部には関東ローム層が見え、白い軽石層が帯状に挟まっているのも確認できる。江ノ島が隆起した後、箱根や富士の火山灰や軽石が堆積したわけだ。
しかし、1500万年前の地層の上に数万年前のローム層がのっているとなると、その間の地層はどこへ行ってしまったのだろう。荒波で削り取られてしまったということだろうか。島の周辺にも平坦な岩場が広がっている。
崖の上のトビ。
崖に咲く百合。
吸水中のアオスジアゲハ。
正午も過ぎたが、観光客を手ぐすね引いて待ち構えているような店にはあまり入りたくないので、昔ながらの食堂で昼食。かつ丼を食べる。美味しかった。
つづく
朝の天気予報で今日は晴れて気温が上がるようなことを言っていた気がするが、それほどでもなかった。
野生の蘭、ネジバナが今年も咲き出した。
蘆花公園のラヴェンダー。
(きょうの1曲)John Coltrane / Naima