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    利尻~礼文航路

 いま、利尻島西海岸の沓形にいる。
 昨夜は星空だったのに明け方には雨もぱらつき、テントを出ると曇り空だった。相変わらず南西からの風が強い。

 岬のビジターセンターで利尻島の自然に関する展示パネルを眺めていると、「何してるの?」と幼稚園児ぐらいの男の子と女の子がやってきた。両親と岩見沢から来たという兄妹のタカちゃんとキイちゃん。2人も昨日行ったという自然水族館のアザラシの話などする。
 岬に咲くハマナスとノコギリ草の名前を教えて、「ほら、葉っぱがノコギリみたいにギザギザになってるでしょ?」などと説明してあげると、別れ際にキイちゃんが「いろいろ教えてくれて、ありがとう」と妙に大人びた口調で言った。

 昼のフェリー(1235分発)で沓形から礼文島へ渡るつもりだったが、それまで待つまでもないので、8時40分にキャンプ場を出発し、追い風に乗って鴛泊へ戻る。こちらからは1005分発の便があるのだ。

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 礼文島まで僕が730円、相棒が580円。自転車の客はもう一人いて、彼は鴛泊のユースホステルに2泊したそうだ。

 今度の船は稚内から来る礼文島・香深行き「アインス宗谷2」稚内を7時50分に出て、9時40分に鴛泊に到着。乗客の乗降と車両・貨物の積み下ろしを済ませて1005分に礼文島へ向けて出港した。

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(船上から見たペシ岬)

 利尻島から礼文水道を隔てて北北西の方角に浮かぶ礼文島香深港まで所要時間は40分ほどだが、海上は非常に風が強く、波も高く、船は大いに揺れた。

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(遠ざかる利尻島。サイクリング道の高架橋が見える)

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 乗客の投げるエサを目当てにウミネコの群れが風に吹き飛ばされそうになりながら懸命に追いかけてきて、結局、礼文島までついてきた。船と一緒に両島の間を行ったり来たりしているのだろうか。
 到着は定刻の1045分より少し遅れたようだ。船酔いとまでは行かなかったが、下船後もしばらくは地面が揺れているように感じた。

f:id:peepooblue:20200706205450j:plain(うすら寒い礼文島・香深港に到着。僕は愛車と一緒に車両甲板から下船)


   陰鬱な島

 それにしても、なんて陰鬱な島だろう。島はすっぽりと霧に包まれ、非常に視界が悪く、いつしか雨も降っている。あまりにも暗く寒々として、すぐにでも帰りたくなる。
 途方にくれたまま、フェリーターミナルのビルの中へ避難。しばらくは何もする気にならなかった。
 手元の地図上では島に2か所のキャンプ場があるが、こんな天気だと屋根の下で寝たいので、宿泊案内所で「北海荘」という旅館を紹介してもらった。1人客は割増料金で、1泊2食付き8,000円だそうだ。たまにはこのぐらい払っても大したことないが、「ひとりは割増料金」などと言われると、いかにも歓迎されていない感じで、ますます気持ちが沈む。
 とにかく、ターミナルビルの階の食堂で昼食をとった後、とりあえず近くの郷土資料館へ行ってみたり、土産物屋に入ったりして時間をつぶす。

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 そんな調子で2時間ぐらい経ってしまい、13時を過ぎて、ようやく雨が止んだようなので自転車で走り出した。相変わらず霧で視界不良のままである。

     礼文島の概要

 ところで、礼文島アイヌ語レブンシリ(沖の島)に由来する。円形の利尻島とは対照的に南北に細長い島で、人口は4,000人弱。全体が礼文町に属している。
 面積も人口も利尻島の半分程度で、島の最高峰・礼文岳の標高は
490メートルだから利尻山1,721m)の3分の1にも満たない。利尻島が山の島だとすれば、礼文島は丘の島である。しかし、島の西海岸は険しい海食崖が続くため、一部を除いて道路が通じておらず、島の幹線道路は東海岸を南北に貫く一本道だけといってよい。
 フェリーの着く中心集落・香深は島の南東岸に位置している。もっとも深い霧のせいで景色がほとんど見えず、道路地図による知識以上のことはまだ具体的なイメージを描けないでいる。とにかく暗くて寂しい島という、逃げ出したくなるような印象しかない。



     礼文島最南端~知床

さて、とりあえずは海沿いの道を南へ行ってみよう。最南端まで5キロぐらいだろうか。
 霞んだ風景の中、寂しい気分でゆっくり自転車を走らせる。雨が降り出したら、いつでも港に引き返すつもりで…。
 北海道はどこも立派な道路が多く、利尻島もそうだったが、礼文の道は舗装されてはいても、幅が狭く、昔ながらの道である。
 点在する家は潮風に晒され白っぽくなった古い木造家屋が多い。どこの家も廃物利用のガラス窓などで風よけのフレームを造って、その中で花を育てている。そこに厳しい自然に晒されて生きる人々の心があらわれているようで、胸にしみる。

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海岸のわずかな土地を細々と続いてきた道がぷつりと途切れた。
 こんなところに知床という地名がある。知床はアイヌ語のシリ・エトクで、大地の先端を意味し、要するに岬のことである。それを「地の果て」などと訳して、ことさら感傷的なイメージを付け加える風潮もあるが、本来はごく日常的な言葉に過ぎない。

 しかしながら、この礼文島の知床はまさに地の果てを思わせる土地だった。誰もいない海岸に荒波が噛みつき、沖合は霧ですっかり霞んで、利尻島も姿を消した。背後には丘の急斜面が迫り、いかにも人を寄せつけない感じである。

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 特に何があるわけでもなく、すぐ引き返すばかりだが、あたりにはノコギリ草がたくさん咲いていて、オオセグロカモメウミネコが群れ飛び、ハクセキレイカワラヒワの姿も見かけた。晴れていたら、きっと風景の印象も気分も全然違うだろう。

   水中公園

 香深に戻って、今度は北方へ足を伸ばす。5キロぐらい行った香深井集落のさらに少し先に「水中公園」というのがあるらしい。どんなところか分からないが、とりあえずその辺まで行ってみよう。
 だんだん霧が消えて、空もいくらか明るくなってきた。天気は回復しつつあるようだ。
 香深の街を抜けて、岩礁の多い海岸を右に見ながらのんびりとペダルを踏む。道路も部分的には立派に改修されていて、工事中の区間もあった。
 アイヌの神様(カムイ)を祭った見内神社を過ぎると香深井の集落。この先は海岸の地形が急に険しくなり、落石防護シェルターが続くようになる。
 水中公園があった。利尻島の自然水族館と似たような海の一部を仕切っただけの施設で、親子連れが一組だけ来ている。
 海岸へ下りて水の中をのぞいてみたが、アザラシも魚も何もいない。しかも、遊歩道の一部は荒波に洗われ、通行できなくなっている。

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(ウニを手に乗せても痛くはない)

 管理人のおじさんが1人いて、小屋の中の生簀でソイやガヤなどメバルの仲間やウニが飼われていた。そこでウニを触らせてもらったりしていると、小屋の外にいた親子連れのお父さんが、「あっ」と叫んで海の彼方を指差した。
 ずっと空を厚く広く覆っていた灰色の雲が少しずつ切れてきて、その切れ目から利尻山が頭をのぞかせていた。まだ島の大部分は雲に隠れたままで、見えるのは山頂だけだが、かえって神々しさがあり、感動的だった。

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 親子連れはそれで満足して車で走り去ったが、その後も管理人のおじさんとずいぶん長話をした。お互いにヒマなのだ。たとえば、こんな話。
 水中公園の魚はウミウに全部食われてしまったこと。それでネットを張ったら、今度はウミウがたくさん引っかかって死んだため、ネットを外さざるをえなくなり、結局、魚は展示用に屋内で飼うことになったこと。
 今では昆布と並び礼文の代表的な海産物であるウニも昔は昆布の天敵として漁業関係者には迷惑な存在だったという話。
 そして、キツネの話。礼文島には元々キツネはいなかったが、野ネズミ退治のため、大正時代に千島からキタキツネ雄雌10匹ずつを導入したところ、どんどん増えてしまったそうだ。しかし、キツネはエキノコックス症の媒介動物ということで、自衛隊による殲滅作戦が行なわれ、今は島にキツネはいないという。

 

どれくらい時間が経っただろう。おじさんはまだ話し足りなそうな表情だったけれど、
「じゃあ、そろそろ行きます。また明日ここを通りますけど」

 ということで、香深へ戻り、街の裏手の高台にある北海荘17時過ぎに投宿。裏山からコマドリやエゾセンニュウの声が聞こえてきた。

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 夕食はびっくりするほど豪勢で、ボタンエビ、イカ、タコ、ホタテ、ウニ、イクラ、アワビ、ズワイガニ、ホッケ、サケ、モズクなどが、刺身、鍋、その他で食卓いっぱいにずらりと並んだ。礼文島へ来てよかった。だんだんそういう気持ちになってきた。
 本日の走行距離は42.6キロ。明日は島の北端まで行ってみる予定。