急行「津軽」に乗って

 「昭和」から「平成」に時代が改まって最初の旅は2月2日の22時30分に上野を発つ青森行きの夜行急行「津軽」で真冬の北国をめざした。

 真冬とはいえ今年も暖冬だが、天気予報によれば、明日の日本列島は大陸からの季節風が強まり、全国的に「節分寒波」に見舞われそうだという。北日本日本海側は雪で、一時強く降り、ふぶくところもあるとのこと。せっかく真冬に旅するのだから、寒くて雪がジャンジャン降ってくれたほうが嬉しい。雪国の人々には叱られそうだけれど・・・。

 

 僕の場合、夜汽車で旅をする時、眠ろうという努力はあまりしない。真っ暗な車窓をよぎる街の夜景を眺めるのが好きなのだ。

 夜の旅は景色が見えないからつまらない、なんてことはまったく思わない。

 闇にともる疎らな灯りが空想と幻想を呼び覚まし、眼には見えない風景が心の中に広がって、不思議な空間へ連れていかれるような錯覚に陥る。そんな感覚が味わいたくて、旅立ちは夜汽車で、と決めている節もある。

 いつもならそろそろ寝床に入る時刻なのに、今夜は列車の窓から見知らぬ町の見知らぬ人々の眠る夜を傍観者として眺めている。それがなんだか不思議で、なんだか嬉しい。

 夜通しずっと起きていたわけではないけれど、記憶に残る光景の断片のいくつかを書き留めておこう。

 

 夜更けの関東平野でガラガラの最終列車とすれ違う一瞬。明るい窓の列と赤いテールランプがあっという間に後方へ飛び去る。

 坦々と続く走行音の軽快なリズムに時折、複雑な乱れが生じて制動がかかり、蛍光灯に照らされた無人のホームに滑り込む。地方都市の深夜の駅の表情に触れるのも夜の旅ならではの魅力である。隣に東京では見かけない型の列車が静かに眠っていれば、遠くへ来たという実感も湧いてくる。

 未明の3時に福島を発車して奥羽本線に入り、板谷峠への上りにかかると、車窓に広がる闇の底がみるみる白くなった。日常が非日常へ劇的に反転する瞬間。しかし、車中の人々はほとんど何も知らずに雪国へと運ばれていく。朝、目を覚ますと外は雪景色、というのも旅の演出効果としては満点に違いない。

 福島・山形県境の板谷峠を越えて米沢。小雪がちらつき、ホームの屋根からはツララが下がり、それが水銀灯に輝いている。すっかり雪国の風情になった。

 列車は雪煙を立てて走る。ゴトゴトとレールのジョイントを刻む音も幾分こもって聞こえる。

 糠ノ目という小駅で列車行き違いのため停車。昨夜から新たに降り積もった雪がホームも線路も分厚く覆っている。そこへ静寂の彼方から列車の音が近づき、一瞬、ヘッドライトであたりが明るくなったかと思うと、勢いよく上野行きの寝台特急「あけぼの」が走り去る。あとには鈍く光る二条のレールが雪の中から現れた。

 赤湯。雨ならほとんど土砂降りといった勢いで雪が降っている。かつて奥羽本線を旅した時に暴風雨で列車が立ち往生して、計画が滅茶苦茶になったのを思い出す。今回は行き当たりばったりの旅なので、どうなっても大丈夫。

 山形駅で黒磯、福島に続いて3度目の機関車交換。ここまで列車を牽いてきたED78の重連が雪だるまのようになって引き上げていく。まだ夜明けは遠く、水銀灯の青白い光の中を乱舞する雪は相変わらず激しい。

 しばらく意識が途切れて、ふと気がつくと、新庄が近かった。積雪は一層深まり、雪煙も降雪もなんだか猛烈で、「こりゃ、すげえや」と思う。6時が近いのに、一向に夜が明ける気配はなく、深夜のように暗い。無人の街に黄色いランプを点滅させながら除雪車が出動しており、新庄駅構内でも作業員による除雪が行われていた。

 

 新庄を出ると、真っ暗だった車窓が俄かに青く澄んできた。

 山や森や雪原が黎明の中に浮かび上がり、コバルトブルーの雪景色が広がる。しかし、それも束の間、青色は消え失せ、空が白んできた。降りしきる雪で、すれ違う列車も前面が真っ白になっている。

 深い霧に包まれた雄勝峠を越えて秋田県に入ると、雪も小降りになった。

 横堀到着時から昨夜の大宮発車以来休んでいた車内放送が再開。

「この先、雪のため、各駅のホームが滑りやすくなっております。足元にご注意ください」

 とのアナウンス。目を覚ましたばかりの人々が車窓の雪景色を静かに眺めている。外はすっかり明るくなった。

 大曲では「大曲の積雪010㎝」との表示。例年なら今ごろは3桁になるのだろうか。今年は記録的な暖冬で、先月も全国的に観測史上最も温暖な1月だったという。

 秋田では積雪もほとんど消え、雲間から青空がのぞいてきた。朝食を買い求めにホームへ出ようとしたら、各デッキではステップに積もった雪を落とす作業が進められていた。

 (つづく)