オランダ〜西ドイツ国際列車

 1986年3月、まだオランダの港町ロッテルダムからドイツ(当時はまだ西ドイツ)のケルンまで国際急行列車に乗車した時の記録。

 オランダ・ロッテルダムで迎える朝。街はひどい霧に包まれていた。泊まった宿から広い通りをはさんだ向かい側に結構大きなビルが昨日はあったはずなのに今朝は見えない。そのぐらいの濃霧である。

 真っ白な風景の中、ロッテルダム中央駅まで歩いて、これから西ドイツへ向かうべく列車を待つ。次の列車はデン・ハーグ始発のケルン行き国際列車で、9時12分発。
 プラットホームに出ると、ほどなく地味な電気機関車に牽かれた青と黄に塗られた客車列車が入ってきた。これがケルン行きの急行列車で、車体にはオランダ国鉄のマークが入っている。
 乗り込むと、わずか1分の停車であわただしく発車。1等車は空いていて、こんなところに僕のような者が乗っていていいのだろうか、という気分になるが、ヨーロッパの鉄道周遊券「ユーレイルパス」を持っているからいいのである。
 それでゆったりした1等車のシートにおさまって何も見えない霧の風景を眺めていると、車掌が検札にきた。少し寝グセのついた髪、ブルーの上着にグレーのズボン、首にはマフラーを巻いて、かなりラフなスタイル。手にはごついハサミを持っている。これがオランダ国鉄の車掌である。

 30分ほどすると、ようやく霧が晴れて、だんだんあたりが見えるようになってきた。広々とした田園風景ばかりで、大して面白くはないが、線路際で父親に連れられた小さな男の子が列車に向かって手を振っていたのが、いかにも平和な日曜日の朝の光景だった。
 列車はDordrecht、Breda、Tilburg、Eindhoven、Helmondといった駅に停車し、そのたびに駅名のみ車内放送でアナウンスされる。

 オランダ最後の駅はVenloである。川を渡り、教会の塔などが見えて、街に入ると、
フェンロ・スタシオン、フェンロ…」
 とアナウンスがあり、ゴトゴトとポイントを渡って線路の数が増え、フェンロ駅に到着した。11時02分着で、12分停車する。
 すぐにダークグリーンの軍服のような制服に身を包んだ物々しい感じの男が3人、腰に銃を下げて乗り込んできた。
 「来たな」と思ったが、3人とも僕の横を素通りして、1等車に僕のほかにもう一人しかいない女性客のパスポートをチェックして行ってしまった。
 続いて、日本の警察官のような黒い制服で、これまたピストルを携帯した男が乗り込んできて、僕のところで立ち止まり、「Good morning」と言った後、それからドイツ語で何やらペラペラ。パスポートらしき単語が聞こえたので、パスポートを見せると、パラパラめくって「OK」と言って行ってしまった。
 さらに続いて、今度は日本の車掌と似た制服を着た西ドイツ国鉄の車掌が入ってきて、「Guten Morgen」。こちらにはユーレイルパスを見せると、「OK」と言って次の客のところへ行った。これで国境越えの儀式は終了らしい。

 フェンロを出ると、これまで平地ばかりだったのに急に丘陵地帯に入る。オランダと西ドイツの国境はどんなところかと思っているうちに、すぐまた平地に出て、駅があった。構内に西ドイツ国鉄のマークがついた古くさい貨車がゾロゾロ繋がっている。西ドイツ最初の駅Kaldenkirchenである。

 列車は西ドイツに入っても相変わらず平坦で単調な風景の中を走り続けた。山などは全然見えず、時折、森が現われるだけの平原で、沿線の町はどこも真ん中に教会の塔がそびえている。
 途中、Rheydtという小ぎれいな駅でケルン発デン・ハーグ行きの列車とすれ違う。ちなみにオランダもドイツも列車は日本とは逆の右側通行である。

 終着のケルンが近づくと、ほかの線路と合流したりして、車窓の眺めも都会らしくなってくる。有名な大聖堂が見えるかな、と思っているうちに、列車は速度を緩め、大きなケルン駅に滑り込んだ。12時30分到着。
 1248年に着工し1880年に完成したゴシック様式ケルン大聖堂(高さ157m)は駅前にドドドーン!とあるのだが、駅を出ると、大聖堂より先に「Toshiba」の看板広告が目に飛び込んできた。