元MMPメンバーが回想するキャンディーズ

 今日発売の『週刊文春』(8月11日・18日 夏の特大号)にキャンディーズ関連の記事。新聞広告の見出しだと、「キャンディーズ・バックバンドと「タイ旅行」3泊4日一部始終」と、なんだかスキャンダラスな内容を想像させるが、実際は、なかなかいい記事で、興味深い証言も。
 このタイ旅行というのは、解散コンサート後にバックバンドやスタッフも含め総勢40名で催行された慰安旅行のことだが、その時のラン・スー・ミキの様子や解散前のレコーディングなどについて、キャンディーズの専属バックバンドだったMMPのメンバーが思い出話を紹介している。ちなみにMMPとはミュージックメイツプレイヤーズの略だが、こんな長ったらしい名前では誰も呼ばずMMPというのが普通(SMAPのことをスポーツミュージックアッセンブルピープルとは誰も呼ばないのと一緒…?)。

 さて、この記事の中で個人的に一番興味を惹かれたのは、MMPのパーカッション奏者だった菅原裕紀氏の証言。MMPが参加した最初のアルバムレコーディング時に、ある曲で、パーカッションのフレーズが要らないんじゃないか、という話になったのだという。その時に「ミキさんが、そのフレーズは絶対に必要ですと言ってくれたんです。自分の仕事をちゃんと聞いてくれる人がいるんだ、と心強く思ったのを覚えています」
 解散直前のキャンディーズはもはや単なるアイドルではなく、立派なミュージシャンだった、と当時の関係者が語っているが、それを裏付けるようなエピソードだ。

キャンディーズの音楽面でのリーダーだったミキ)

 ベーシストの渡辺直樹氏は、1977年7月17日の解散宣言後、キャンディーズの音楽に対するこだわりは、より強くなっていったといい、レコーディングで一度OKが出たのに、キャンディーズのメンバーが納得せずに、夜中に電話をもらって、もう一度録り直したこともあったそうだ。「普通なら消化試合みたいになってもおかしくないのに、キャンディーズの場合は、毎日が決勝戦みたいな感じで盛り上がっていった」と証言している。
 当時のキャンディーズを知る人たちからこういう話が出てくるのは嬉しい。


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