早春の房総鉄道旅

  春分の日。カラスより早起きして小さな旅に出た。西の空に満月が浮かんでいる。
 5時半過ぎに新宿駅に着き、関東一円のJR路線に乗り放題の「スーパーホリデーパス」(4,080円。現在は発売されていません)を購入。こんな切符を手にすると、どこに行こうかと迷ってしまうが、とりあえず千葉県の犬吠埼をめざす。
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 新宿から総武線各駅停車に乗って錦糸町まで行き、快速に乗り換えて6時42分に千葉到着。4分後の成田線回りの銚子行きに乗り継いだ。
 成田駅で10分停車の間に売店でパンを買い、車内で朝食。
 この先は初めて乗る区間である。窓の外には里山と田園の典型的な関東平野の風景が広がる。
 杉林が茶色く見えるのは花粉のせいだろうか。花粉症の人なら見ただけで目が痒くなりそうだが、僕は今のところは大丈夫。踊子草の仲間のホトケノザがピンクの彩りを添える田んぼにキジがいるのを発見した。

     鹿島線

 利根川南岸に近い滑川付近からは低湿地帯を走り、8時着の佐原で下車。8時15分発の鹿島線に乗り換える。当面の目的地である銚子へ向かう前に鹿島神宮まで往復してこよう。乗り放題の切符なので、乗れる路線は片っ端から乗ってしまおうという魂胆である。
 4両編成の電車は佐原を出て、次の香取で成田線から分かれ、北へカーブすると、すぐに利根川を渡る。ゆったりとした水面にヒドリガモマガモが浮いているのが見える。
 遠くに薄く筑波の山影を望みながら高架で水郷地帯を北へ進み、常陸利根川を渡ると、茨城県に入り、潮来も過ぎ、丘陵部をかすめて、やがて北浦の湖面にかかる長い鉄橋にさしかかる。ここではオオバンやユリカモメの姿が確認できた。ここ数年、自転車旅行の成果で野鳥の知識が増えてきた。まだ初級レベルだが。

 終点の鹿島神宮駅には8時37分到着。新たに造成された土地に設置された高架駅で、いかにも無味乾燥な駅である。線路はさらに続いていて、すぐに水戸行きの列車があるが、この先は鹿島臨海鉄道の路線で、「スーパーホリデーパス」では乗れない。

 折り返し列車まで26分あり、その間に鹿島神宮へ急いで参拝してくる。途中で姿の美しいジョウビタキの雄がいて、しばらく観察していたので、帰りは駅まで走るはめになった。

 9時03分発の佐原行きで引き返し、9時20分の香取で下車。黄色い水仙の咲く無人駅で17分待って、銚子行きに乗る。

 電車は利根川南岸ののどかな土地を走って、松岸で総武本線と合流し、利根川河口の港町・銚子には10時18分に着いた。

     銚子電鉄犬吠埼灯台

 銚子からは銚子電鉄という小さなローカル私鉄が出ていて、犬吠埼へ行くにはこれに乗ればよい。次の電車は10時47分発。こげ茶色の車体の下半分を赤く塗った洒落た電車が1両きりでやってきた。

 車内で「弧回手形」という一日乗車券(620円)を購入して電車に揺られること17分。終点の一つ手前の犬吠駅に着く。いかにも観光地らしい瀟洒な駅で、銚子電鉄名物の「ぬれ煎餅」を売っている。この鉄道は本業の赤字を補うために煎餅や鯛焼きの販売にも力を入れているのだ。

 さて、犬吠駅から海に向かってしばらく歩くと、水族館もある犬吠埼に着いた。旅館やホテル、海産物を商う店が並ぶ道の先に白亜の灯台が聳えており、内部見学もできる。


 自称「灯台好き」というわりには関東の代表的灯台である犬吠埼灯台は初めてだ(北海道の納沙布岬には6回も行っているのに!)。周知板による施設の概要は以下の通り。
犬吠埼灯台は、ヘンリー・ブラントンの設計、施工監督のもとに明治7年11月15日に完成点灯しました。煉瓦造りのこの灯塔は、設置以来百余年の歳月に耐え、日本有数の高塔としてその威容を誇っています」
 位置は北緯35度42分17秒、東経140度52分19秒。白色円形煉瓦造。灯質は単閃白光、毎15秒に1閃光。光度200万カンデラ光達距離19.5海里。高さは地上から頂部が31.3メートル、水面から灯火が51.8メートル。また、この灯台には圧搾空気を利用したエアーサイレン方式の霧信号所も併設され、30秒を隔てて5秒間吹鳴するという。今日は快晴で霧笛の出番はないが、灯台の上に登ると、北東の風が息もできないほど凄まじく、岬の岩礁を洗う波も荒々しかった。


 灯台見学後、犬吠駅には戻らず、銚子電鉄の終点・外川まで歩く。

 外川はいかにもローカル鉄道の終着駅らしい風情のある佇まいで、小さな木造駅舎の待合室で電車を待つひとときというのもいいものだ。醤油メーカーの広告が目立つ。





 12時37分発で銚子には12時56分着。


     成東駅

 銚子では14分待って13時10分発の総武本線に乗車。車両は特急用で、途中の成東から特急「しおさい8号」になって東京駅まで直通するが、それまでは普通列車なので特急券は不要。

 13時58分発の成東で降りて、東金線に乗り換える。30分の待ち時間があったので、駅の外に出てみた。
 駅前に「礎」という石碑がある。碑文の概要は以下のようなものだった。
 昭和20年8月13日、成東駅の1番線に弾薬を積んだ貨物列車が停車していた。午前11時40分、米軍機による爆撃を受け、火煙を発し、国鉄職員15名、将兵27名が弾薬積載車の隔離と消火に努めるも、11時58分に爆発。全員ことごとく壮烈な最期を遂げ、平和の礎と化したのだという。終戦のわずか2日前の出来事である。

     房総半島、急いで一周

 成東14時28分発の電車で17分、大網に着き、ここで14時50分発の外房線大原行きに乗り換え。これから房総半島を一周するが、もうどこかで観光する時間はなく、ただひたすら電車を乗り継ぐばかりである。
 大原に15時32分に着き、11分後の安房鴨川行きに乗り換え。
 御宿を過ぎると、車窓に青い海が広がり、5年前の夏に初めての自転車旅行で走った懐かしい道が線路に寄り添ってくる。あの時、なぜ自転車で旅に出ようと思い立ったのか、よく覚えていないが、自分の愛車で夏の海を見ながら走れることが単純に嬉しかったことは記憶に残っている。でも、当時はまさかその後、自分が北海道を走るまでになるとは想像もしなかった。

鵜原駅にて)
 トンネルの合間に海を見ながら電車は走り、16時29分に安房鴨川着。
 わずか3分の待ち合わせで館山行きに乗り継ぐ。ここから路線名は内房線だが、千倉までは外房海岸を行く。
 江見あたりからは南房総らしい花畑が車窓を彩るようになった。菜の花やポピー、キンセンカ、金魚草などが色とりどりに咲いている。和田浦駅ではホームにもポピーが植えられていた。

 16時59分着の千倉からは特急「ビューさざなみ18号」で家路を急ごう。特急券を買って17時07分発の特急列車に乗り込めば、東京駅まで2時間足らずである。
 列車は南房総の内陸部を横切り、内房の館山に着くと車内はほぼ満席になった。網棚にそっとのせられた花束が春の旅を感じさせる。窓の外は東京湾。対岸に真っ赤な夕陽が沈み、富士山のシルエットが浮かび上がる。東の空には大きな満月が昇ってきた。