伊藤蘭コンサート2023@東京国際フォーラム(9月2日)

 キャンディーズの一員としての歌手デビューから50年目を迎えた伊藤蘭さんが7月に発売したソロとして3作目のアルバム「LEVEL 9.9」を引っさげて、50周年記念ツアーを行い、デビュー記念日の翌日に当たる9月2日には東京国際フォーラム・ホールAでコンサートを開いた。この日の公演はツアーの中でも特別なプログラムになると予告されており、もちろん行ってきた。少し日が経ってしまったが、コンサートレポートを。

 

 さて、開場は17時だったので、それに合わせて現地に着くと、すでに大行列ができていた。今回の会場はキャパが約5千人。キャンディーズ時代には後楽園で5万5千人を前に歌ったとはいえ、ソロとして2019年にデビューしてからは最大級の収容人員である。

 客層はもちろん50年前の子どもや若者が多いが、当時は生まれていなかった若い人もいる。男性が多いが、女性も少なくはない。赤い法被を着た筋金入りのファンのほか、50周年の記念TシャツやキャンディーズのTシャツを着た人が女性でも目につく。キャンディーズTシャツを着た20代と思しき女性も見かけた。昭和歌謡は若い人の間でもブームだというし、令和の時代に若いキャンディーズファンがいても、意外でも不思議でもない。

 とんでもなく長く伸びた行列が少しずつ進みだし、ようやく会場に入る。今日のコンサートでは入場時にペンライトが全員に配られた。さらにロビーではキャンディーズ時代の衣装展が開催されていて、そこにもまた列ができている。

 バックに「危い土曜日」が流れている。その次が「なみだの季節」だったから、シングル曲が順番に流れているのだろう。

 懐かしい衣装の数々。その保存状態の良さにまず驚く。

 そして、その小ささにも驚く。十数年前に開催された渡辺プロダクションの50周年記念展にも蘭さんのファイナルの時の衣装が展示されていて、あまりの小ささに驚いたものだ。キャンディーズは3人とも小柄だったが、テレビやステージではその小ささをあまり感じさせなかった。

 蘭さんがキャンディーズの解散コンサートで最後の最後に身につけていた衣装。

 当時の後楽園球場には大型スクリーンなどなく、そもそもライヴ映像をリアルタイムでその場に映し出す技術も存在しなかったから、観客からはキャンディーズが小さな豆粒のようにしか見えなかったはずで、そのぶんド派手な衣装が多かったし、赤、青、黄の色分けにも遠くからでも識別できるように、という意味があったのだろう。


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 それにしても、キャンディーズのデビューが1973年9月1日で、解散が78年4月4日だから活動期間はわずか4年7ヶ月。そして、蘭さんの1stソロアルバムの発売が2019年5月29日だったから、ソロデビューからもう4年3ヶ月が経過しているのだ。まだソロ活動は始まったばかりという気がするが、キャンディーズでいえば、もう解散宣言をして、16枚目のシングル「わな」が出る頃にあたるのだから、キャンディーズの活動期間というのは本当に短くて、しかもあまりにも濃密な時間だったのだな、と改めて思う。

 さて、慌ただしく衣装展を眺めて、ホールへ。さすがに客席が広い。

 座席はステージのセンターがほぼ正面。ちょっと遠いが、悪くはない。いつものように懐かしい洋楽が流れている。

 とりあえず、ペンライトの試験点灯。スイッチを押すごとに色が変わる。左隣の席は男性客、右隣は女性の二人連れである。それぞれにライトをつけたり、消したりしている。開演時には赤のライトを、という指示があった。

 すっかり客席が埋まり、予定時刻の18時より少し遅れて、いよいよ開演。消灯された客席を赤いペンライトが埋め尽くし、拍手と同時に早くも歓声が上がる。今回は久しぶりに声出しOKである。薄暗いステージにバンドのメンバーが登場。

 佐藤 準(音楽監督・Keyboards) / そうる透(Drums) / 是永巧一(Guitar) / 笹井BJ克彦(Bass) / notch(Per) / 鈴木正則(Trumpet) / 竹野昌邦(Sax) / 渡部沙智子(Chorus) / 高柳千野(Chorus)

 今回のツアーでは横浜、仙台と「Hello!  Candies」から始まったという話だったが、今日は全然違った。当時のキャンディーズを知らない人が聴いたら、何事が始まったのか、と呆気にとられるようなオープニング。

 いきなりKool & The Gangのカバー「Open Sesameである。胸が熱くなる。自分は行けなかったキャンディーズのファイナルカーニバルで1曲目に演奏された曲なのだ。あのコンサートでキャンディーズはいきなり13曲連続で洋楽カバーをやったのである。

 この映像を見ると、当時、特にライヴにおいてキャンディーズ&MMPが目指していた方向性というのがよく分かる気がする。キャンディーズというとアイドルグループの元祖として語られることが多いが、実際は現代のアイドルではありえないほど音楽的にぶっ飛んでいた。


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  そんなライヴが解散から45年を経て、再現されるとは。このオープニングは今回のツアーでもやっていなかったスペシャルな選曲である。たぶん今日だけなのだろう。

 原曲の熱気をそのまま伝えるような迫力のある演奏に乗って、キラキラ輝く衣装を纏った蘭さんが登場して歌うのはEarth, Wind & Fireの「Jupiter」、さらにWild Cherryの「Play That Funky Music」。こんな曲でコンサートを始める日本人アーティストは昭和のキャンディーズと令和の伊藤蘭だけではないか、と思ってしまう。

 あまりにも意表を突いたオープニングに続いて、すかさず春一番が来る。衣装はいつのまにかグレーに黄色を配したものに早変わり。年齢を感じさせない蘭さんの歌声と相性もバッチリの二人のコーラス、そして名手揃いのバンドの圧倒的な演奏力に対して、客席はコール全開である。凄まじい盛り上がり。たぶん、キャンディーズのファンでなくても、この場にいたら自然に盛り上がらずにはいられないに違いない。

 「みなさん、こんばんは。伊藤蘭です。50年前の昨日、9月1日にキャンディーズでデビューしました」とここで最初の挨拶。

 この後、ソロの新作からキャンディーズ時代から付き合いの長い森雪之丞作詞の非常にモダンな響きを持つ「Dandy」、そしてシティポップ風の「Shibuya Sta. Drivin’ Night」。1曲ごとに解説を加えながら歌っていく。ソロデビューから4年になるが、3作のアルバムを聴くと、音楽的にだんだん若返っていくように感じる。今作も何度も繰り返し聴きたくなる魅力的な曲ばかりだ。


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 トータス松本奥田民生が共作した「春になったら」、都会的な「明日はもっといい日」、蘭さん作詞でタイトル通りファンキーな「Funk不肖の息子」が続く。この曲、蘭さんの作風から大きく逸脱した詞で、まさに新境地と言えそうな作品(作曲は佐藤準)。蘭さんがこんな詞を書いて、こんな曲を歌うことになるとは。とにかく、往年の人気歌手が過去の栄光にすがって、というのとは全然違って、現役バリバリのシンガーであることを実感する。しかも、どんどん進化している。

 そういえば、曲間のMCでは唐突に「蘭ママ」が登場したりもした。蘭さんのラジオ番組「RAN To You」内で「高円寺のバーのママ」という設定で蘭さんが演じるキャラクターである。えーと、これはコントのコーナーなのか、と思ってしまう。「家に刑事がいるから」と水谷豊さんのこともネタにしていたりして。かつてドリフターズ伊東四朗小松政夫らとコントを繰り広げていた蘭さんのコメディエンヌとしての一面が垣間見られる一コマ。その後も蘭ママから伊藤蘭にすぐには戻りきれていなかった?

 さて、「Funk不肖の息子」を歌い終えて蘭さんもバンドのメンバーもステージから退くと、ステージ後方に大きなスクリーンが降りてきて、組曲キャンディーズ1676日」が流れ出す。そして、デビューから解散までのキャンディーズのさまざまなシーンが次々と映し出された。遠い日の眩いばかりのラン、スー、ミキとあの頃の自分自身を誰もが思い出し、感動でいっぱいになるような演出。恐らく、涙が止まらないという人もたくさんいたはずだ。11分を超えるドラマチックな大作は一部間奏がカットされていたが、3人のコーラスはフルで流れた。

 そして、曲が終わると、いよいよだ。まずはバンドのメンバーが登場し、かつてバックバンドMMPがキャンディーズのために作った応援ソング「SUPER CANDIES」からスタート。ギタリスト是永功一のヴォーカル入り。会場は一気に燃え上がる。CANDIESというのはアルファベットを順に発音すると、すごくカッコよく響くというのは偶然か。シー・エー・エヌ・ディー・アイ・イー・エス(ピー・アイ・エヌ・ケー・エル・エー・ディー・ワイだとイマイチな感じだ)

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 ファイナルでは「SUPER CANDIES」から間髪入れずに「ハートのエースが出てこない」が演奏されたのだが、今日も同じだった。赤いワンピースに着替えた蘭さんが登場すると「ハートのエース」から怒涛の如く、キャンディーズソングの連発。このコーナーもファイナルの曲順に合わせたプログラムだそうだ。「その気にさせないで」「危い土曜日」が続く。

 4年前、蘭さんが41年ぶりにステージでキャンディーズの曲を披露するにあたり、曲の振り付けをすっかり忘れていて、美樹さんに助けてもらったというが、美樹さんも思い出せず、二人で当時の映像を見ながら、思わず見入ってしまったというエピソードが伝わっているが、今や振り付けも完璧。キレキレである。


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 ここでスタンドマイクが用意され、「年下の男の子」「やさしい悪魔」。この2曲はマイクを手にしたままだと、振りに支障が出るので。

 そして、蘭さんのソロでは今回のツアーで初披露となる記念すべきデビュー曲「あなたに夢中」。スーちゃんがメインだったが、まずランが歌い出し、ミキ、さらにスーが加わると、そのまま3声コーラスに突入し、ユニゾンのパートが全くないという曲だ。蘭さんはキャンディーズ楽曲では基本的に自分のパートを中心に歌っているようだ。バックにコーラスが2名いるので。


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 さらに意外な選曲「どれがいいかしら」。そして、「哀愁のシンフォニー」。サビの部分で昔は大量の紙テープが飛び交ったわけだが、今はみんなが一斉に赤いペンライトを突き上げる。さらに「悲しきためいき」「暑中お見舞い申し上げます」微笑がえし

 蘭さんの口からも「スーさん、ミキさんの存在は私の誇りであり、自慢です」という言葉が出たが、キャンディーズの楽曲、そして、キャンディーズという存在そのものが、50年経っても、僕も含めて多くの人の大切な宝物であり続けるという事実を改めて想った。しかも、この宝物はどんなにたくさんの人たちとでも等しく分かち合えるのだ。みんなで分ければ分けるほど大きくなる宝物。

 「みなさん、せっかく盛り上がっているところに水を差すようですが、ソロアルバムの曲をやってもよろしいでしょうか(笑)」といって2ndアルバムから「恋するリボルバー。キャノン砲が発射され、客席に金色のテープが大量に降ってくる。でも、僕の席までは届いてこない。終演後に拾いに行こう。そして、最新作の1曲で、昨年のコンサートでもアンコールで披露された美しき日々で本編終了。


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 そして、この日のアンコール。個人的には一番のサプライズが待っていた。

 イントロが流れ始めた時、えっ、これは現実なのか、夢ではないのか、と思ってしまった、まさかの「かーてん・こーる」。「微笑がえし」のB面曲で、僕がキャンディーズの音楽の魅力にはまるきっかけとなった、あまりに美しく、神聖とさえ言える曲である。ピンクのロングコートにハートマークの付いたTシャツに衣装チェンジした蘭さんが厳粛に歌い出す。キャンディーズもこの曲はライヴでは一度も歌っていないので、スタジオ録音以外では今回のツアーで初めて歌われたことになる。こういう曲をライヴでやると、オリジナルのイメージが損なわれるということもよくあると思うのだが、そういうことは全くなく、素直に感動した。


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 アンコールはまだ続く。キャンディーズのライヴで会場全体が一体となって盛り上がるための曲だった「ダンシング・ジャンピング・ラブ」。コール&レスポンスで客席も全力で盛り上がり、さらにキャンディーズライヴのエンディングの定番だった「さよならのないカーニバル」へ。客層の平均年齢がかなり高いコンサートのはずなのに、会場全体が異様に若返っている。

 最後はソロ最新作から「ネガフィルムの青空」で終演。

 いやぁ、こんなに感動したライヴは久しぶりだ。いつ以来か思い出せないぐらい久しぶり。初めてかもしれない。とにかく、素晴らしかった。

 会場に飛び交った金色のテープ、拾ってきた。

 50th Anniversary  tour 2023. Started from Candies. I love you all from Ran.