伊藤蘭コンサート2021

 夕刻の中野駅前。中野ブロードウエイに通じるアーケードのサンモール商店街にキャンディーズの曲が流れていた。「哀愁のシンフォニー」。偶然かな、と思ったが、その後もキャンディーズの曲ばかりが立て続けに流れているのだ。これはもう、すぐ西隣にそびえ立つ中野サンプラザで本日、伊藤蘭さんのコンサートが行われるのに合わせているとしか思えない。商店街で早めの夕食を済ませ、店を出ると、なんと「キャンディーズ1676日」という普通の人は知らないであろう11分を超える大曲がかかっていた。キャンディーズのヒット曲のメロディを全編にちりばめた作曲家・穂口雄右渾身の組曲だ。続けて、「悲しきためいき」。なんだかもうずっと聴いていたくなってしまうが、後ろ髪を引かれる思いで、商店街をあとにする。もちろん、めざす先には伊藤蘭さんがいるのだから、前髪も引っ張られていたわけだ。

 

 ということで、中野サンプラザである。ここではいろいろなアーティストの公演を観ているが、実に久しぶりである。ライヴ会場に足を運ぶのもコロナ禍のせいで、久々だ。

 ずっと自重していたわけだが、先月26日、キャンディーズが解散宣言をした日比谷野外音楽堂のステージに伊藤蘭さんが44年ぶりに立ってコンサートを行い、そのネット記事で信じられないようなセットリストを知って、これは観ておかないと後悔するな、と思い、今日のチケットを急遽入手したのだった。辛うじて2階席が取れた。

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 コロナによる緊急事態宣言も解除され、客席は前後左右の間隔をあけることもなく、すべての席が客で埋まる。当たり前のように満員だ。事前に連絡用メールアドレスの登録が求められ、入場時には検温が行われ、もちろんマスク着用が義務付けられ、歓声やコールなどは禁止という条件での開催である。

 開演は18時半。会場にはいつものようにちょっと懐かしい洋楽が流れていたが、その音が消え、客席が暗くなり、ステージの幕が上がる。と同時に、ちょっとヘヴィなイントロが始まり、やがてタイムトンネルを思わせるセットの奥に蘭さんのシルエットが現れる。歓声はないが、大きな拍手。野音ではいきなり「Super Candies」から始まったそうだが、ここで蘭さん登場ということは違う曲でのスタートか。

 スポットライトが当たり、赤いドレスに赤いハイヒールの蘭さんが歌い出したのは最新の2ndアルバムからハードな曲調の「ICE ON FIRE」。冒頭部分はスタンドマイクを使い、途中から白いマイクを手に歌う。続いて「ひきしお」。

 蘭さんのコンサートを観るのは3度目だが、バンドリーダーの佐藤準さんとコーラスの2人を除くメンバーは一新されて、いわゆる大御所がずらりと並んで、音も非常にパワフル。その強力なバンドサウンドに蘭さんのヴォーカルも負けることなく、力強く、張りがあり、艶やかでもある。ソロで歌手活動を開始して2年余り。ソロシンガーとして着実に進化しているところがすごい。しかも、キャンディーズ時代と体型が全然変わらないのもすごい。

 2曲歌って、最初のMC。今回のコンサートツアーは先月の大阪から始まり、日比谷野音、そして、今回の中野で昨日、今日と2日間。中野サンプラザキャンディーズ時代の1976年以来、45年ぶりだそうだ。キャンディーズのラストシングル「微笑がえし」でキーボードを弾いていた佐藤準さんとは同い年だそうで・・・。

「私たち、3回目のワクチン接種がもうすぐ来ますから・・・」

 去年までのツアーではしばしば「緊張」を口にしていたが、さすがに歌手活動3年目となるとそういうこともなく、今回はやはりコロナ禍について、そして遠い日の大切な思い出をこうしてたくさんの人たちと時を超えて共有できていることの幸せについて何度も語っていた。

 さらに最新アルバムから3曲続けて。

 まずはトータス松本作の「あなたのみかた」。続いて「Shalala♪ Happy Birthday」。この曲のイントロの時に蘭さんが一旦姿を消し、すぐに現れた時には衣装が真っ赤から白地に花柄に変わっていた。キャンディーズの解散コンサートの時にもステージ上で衣装の早変わりをやっていたが、その時に手伝っていた人が今回のコンサートの振り付け担当だそうだ。

 蘭さん作詞の「愛して恋してManhattan」まで歌い、そこからソロ1作目からメドレーで3曲。「Wink Wink」~「ああ私ったら!」~「女なら」。「女なら」の中間部では各メンバーのソロをフィーチャーしながらメンバー紹介。

 是永功一(guitar)、竹野昌邦(sax&flute)、美久月千晴(bass)、そうる透(drums)、渡部沙智子(chorus)、高柳千野(chorus)、佐藤準(keyboards)。

 

 JR西日本のCMにも使われているという「ヴィヴラシオン」、そして森雪之丞作詞、布袋寅泰作曲のバラード「家路」を歌い、蘭さんが一旦退場。来るぞ、来るぞ! どう来る?

 

 バンドだけの演奏で始まったのは「Hello! Candies」。うわっ、こう来たか。僕がもしキャンディーズのベスト盤を編集するとしたら1曲目はこれ、と過去に書いた記憶があるが、まさにそういう曲だ。怒涛のごとき音圧でこの曲が迫ってくると、背筋がゾクゾクする。


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 そして、ラメの入った黒い衣装に黒のブーツ姿にチェンジした蘭さんが登場すると、ド迫力のイントロとともに始まる「危い土曜日」。キャンディーズの全シングルの中で最も売れなかったと伝えられる曲だが、異様にかっこよく、ライヴで盛り上がる曲だ。普通ならコール全開となるはずだが、禁止なので、もちろん、客席に声を発する人はいない。そのかわり赤がメインのペンライトが至るところで振られている。独特のグルーヴ感で会場全体が盛り上がっていくのが分かるし、それは蘭さんにも伝わっているだろう。静かな熱狂。

 さらに「その気にさせないで」「ハートのエースが出てこない」が続く。もちろん、振り付けは当時のまま、完璧だ。2人のバックコーラスとの息もぴったりで、声の相性も悪くない。でも、蘭さんがソロで歌うのをみて、美樹さんも一緒に歌いたくなるということはないのだろうか、なんてことを考えたりもする。

 それにしても、聴いていると、ステージにセットされたタイムトンネルを通して、1970年代の風がブワーッと吹き寄せてくる感じだ。もちろん、ソロになってからの作品も素晴らしいのだが、キャンディーズの曲だとあの時からみんなが過ごしてきた長い年月が圧倒的な重みを伴って、音と一緒に押し寄せてくるような感動がある。これは例えばポール・マッカートニーが現代のステージでビートルズ時代の曲を歌う時にもきっと感じられるものなんだろう。

 「いよいよキャンディーズゾーンに突入いたしました。これからどんどん歌っていきますから、みなさんもついてきてくださいね」

 ということで、「夏が来た!」。こうして聴いていると、キャンディーズの曲って歌謡曲ではなくロックだったんだな、と思う。エレガントな「アン・ドゥ・トロワ」ですらそう思う。キャンディーズの元マネージャーで、のちにサザンオールスターズ福山雅治を発掘した大里洋吉氏が「キャンディーズは歌謡曲で始まり、ロックで終わった」と語っていたのはまさにその通りだったのだと実感する。

 トークをはさんで「哀愁のシンフォニー」「悲しきためいき」「やさしい悪魔」「年下の男の子」「暑中お見舞い申し上げます」と5曲連続で熱唱。

 「5連キャンでした」

 本編最後の曲は「微笑がえし」。まだ、あの曲、やってないな、アンコールか、と思いながら聴く。

 

 アンコールでは蘭さん「FUN FUN RAN」の文字が入った黒のツアーTシャツに黒のパンツにピンクのシースルーのコートといういで立ちで登場。ヘアスタイルもちょっと変わっている。

 そして、いきなり、あの曲「春一番」。客席に向かって手を振りながら歌う蘭さんの姿にキャンディーズ時代にアンコールでこの曲を歌うランちゃんが重なる。

 続いて、配信シングルにもなった「恋するリボルバー」。ラストは「You do you」だった。


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 歌い終えた蘭さんが再びタイムトンネルの奥へ姿を消し、終演は20時半。夢のような2時間のコンサートだった。

 帰りに再びサンモールを歩いてみたら、「ハート泥棒」が流れていた。ずっとキャンディーズの曲ばかりがかかっていたのだろうか。