音楽革命

 これは誰でも経験することなのかどうか分からないけれど、人生において「音楽革命」というものが起こることがある。何のことかというと、こういうことだ。つまり、ひとは親に歌ってもらった童謡だとか、テレビ番組の主題歌だとか、CMソングだとか、流行の音楽だとか…そういう与えられた音楽を聴いて育つわけだが、何かのきっかけで、それまで聴いていた音楽とは全く違う傾向の音楽を聴くようになる時が来る。突然、自分の音楽の嗜好を自覚し、もうみんなが聞いている音楽なんてどうでもよくなって、本当に自分が好きな音楽を探求するようになる。まぁ、これはいわゆる思春期の「自我の目覚め」などと言われるものを音楽鑑賞の分野に当てはめただけなのだろうけれど、とにかく、僕の場合、音楽革命が起きた。
 きっかけはイギリスのキャメル(CAMEL)というバンドの「ムーンマッドネス(月夜の幻想曲)」(Moonmadness)というアルバムだった。リアルタイムではなかったが、たぶん高校1年生のときに聴いたのだと思う。それまで聴いていた音楽といえば、当時人気だったアバやエアロスミス、クイーン、イーグルスなど。それにラジオのポップス・ベスト10みたいな番組でチャートインしている中で気に入った曲のシングル盤を買ったりしていた。
 ところが、ある日、レコード店で知らないバンドの知らないレコードが目に留まった。それがキャメルの「ムーンマッドネス」で、「月夜の幻想曲」というサブタイトルや幻想的なジャケットのイラストレーションに惹かれて、中身も分からないまま、衝動買いしてしまった。レコード店のおやじに「珍しいね。キャメルなんて聴くの?」と言われたのを覚えている。このオヤジは僕がエアロスミスが好きなのを知っていたからだ。
 さて、家に帰って、さっそく聴いた。僕の中で革命が起きた。音楽革命。正確にいうと、2曲目、「永遠のしらべ」(Song within a song)でそれは起きたのだった。世の中にはこんなに美しい音楽があったのか、と思った。静かに吹きわたる夜風のようなフルートの調べにのって夢の世界に運ばれていくような不思議な気持ちになった。そして後半、曲調ががらりと変わる頃にはすっかり虜になっていた。
 とにかく、この一枚で、僕はそれまで耳にしていた音楽は世界中に無限に存在する音楽のうち、ほんの一部に過ぎなかったのだということを知った。たとえて言えば、友人や恋人はクラスメイトの中から選ばなければならないのだと思い込んでいたようなものだ。友人も恋人も世界中の人間から探せるように、自分が聴く音楽も世界の音楽の中から自由に選べばよい。
 この発見によって僕は流行に背を向け、結果として、どんどんマニアックな世界に引きずり込まれていったのだった。