都民の森〜夜行性動物と早朝野鳥観察(1)

 夏鳥の季節になると新緑の山々に心を誘われる。そして、野鳥たちの夜明けのコーラスが聞きたくなる。というわけで、今年もまた檜原村の南秋川の源流・三頭山の山腹に広がる「都民の森」へ行ってきた。

 6時前に家を出た時は晴れていたのに、JR五日市線に乗っているうちに雨が降り出し、武蔵五日市駅前を8時22分に発車する都民の森行き急行バスに乗る頃には本降りになっていた。それでも、バスはハイキングや登山の人たちで超満員、1台では足りず、2台運行となった。
 幸いにも雨は途中で止んで、一時的に陽が射したりもしたが、9時15分頃、標高1,000メートルほどの都民の森に着くと、一帯は霧に包まれていた。

 バスを降りると、売店の屋根の上でミソサザイが高らかに歌って迎えてくれた。これだけで来てよかった、という気持ちになる。キセキレイも鳴いている。山からはセンダイムシクイキビタキの声も聞こえてくる。

 都民の森が主催する「夜行性動物と早朝野鳥観察」は10時から。1泊2日のイベントで、参加費は保険料100円のみ、というのが嬉しい。今回の参加者は40名ほど。顔なじみの人もちらほら。

 午前中は森の拠点施設・森林館の研修室で動物カメラマン中川雄三さんの講義。といっても、子どもが結構多いので、スライドを使って、野鳥や動物についてやさしく話してくれた。

 昼食の後、13時頃から野外観察へ出かける。
 都民の森には総延長23キロにも及ぶ遊歩道が整備されているが、まずは最もポピュラーで歩きやすい「大滝の路」を行く。相変わらず霧が立ちこめ、森は幻想的な雰囲気に包まれている。


 ヤマシャクヤク(山芍薬)の白い花など見ながらウッドチップの敷かれた道を歩いていくと、すぐに山の上からキビタキのやわらかな声が響いてきた。黒と黄色と白の大変美しい小鳥なのだが、僕はまだ一度しか姿を見たことがない。今回は会えるかどうか。会えますように!

(山芍薬
 とにかく、僕のように動物や鳥が好きでも知識が中途半端な者にとって、中川さんや都民の森の名物ガイドで野鳥の声マネの達人・浦野守雄さんと一緒に歩けるのは本当に楽しい。


 トチノキやホオノキ、サワグルミ、ケヤキミズナラ、イヌブナなどの広葉樹とカラマツ、スギ、モミ、ツガ、ヒノキなどの針葉樹の豊かな森。
 ミソサザイ、ヒガラ、コガラ、シジュウカラセンダイムシクイヤブサメ、ウグイス、キクイタダキオオルリコルリ、ジュウイチ、ツツドリなどの声を聞いたり、コゲラの姿を見かけたり、ムササビの巣穴と糞を見つけたりしながら、ゆっくり歩く。
 またキビタキの声がした。浦野さんがそのさえずりを真似て、すぐそばまで呼び寄せてくれたのだが、葉の茂った広葉樹の中で、姿を見つけることはできなかった。
 南秋川の源流・三頭沢の水が落下する三頭大滝に着いた。峡谷に滝を見るための吊り橋がかかっている。


 さらに三頭沢沿いに少し登ってから、引き返してきた。
 帰路にオオルリを見つけ、コバルトブルーの美しい姿を望遠鏡で観察。山に来て、この鳥を目にすると、幸せを感じる。まさに幸せの青い鳥…。

 森林館には16時20分に帰着。
 森林館は16時30分に閉館。最終バスは16時45分発。駐車場も17時30分に閉門。奥多摩周遊道路も夜間通行禁止なので、夜の都民の森は我々のほかは無人境となるのだ。

 簡単な夕食の後、夜の観察会まで少し時間があったので、散歩がてら森林館の裏山の鞘口峠(1,142m)まで登ってみた。コルリやヒガラが盛んにさえずり、木々の間をカケスが飛び回っている。
 峠の向こうには山々が重畳と連なり、いつしか霧の晴れた西の空がほんのり赤く染まっていた。峠に何やら獣の足跡。大きさから判断してイノシシだろうか。あるいはツキノワグマ? 都民の森にはクマも棲んでいるそうだ。
 夕暮れの山にひとりでいると、急に心細くなって、急ぎ足で下ってきた。

(鞘口峠からの眺め)

 さて、夜の観察会開始。
 まずは森林館に設置してあるコウモリの巣箱からヒナコウモリが出て行くのを19時頃から見る予定だったが、それより前の18時45分に早くもテンが1匹、森林館裏手の斜面に出てきた。
 最近は犬連れの行楽客が増えたせいで、テンは警戒して姿を現わさなくなったという話を前に聞いていたので、今回もテンはあまり期待していなかったのだが、あっさり見ることができた。冬は白かった顔が夏毛に変わって、すっかり黒くなっている。夜、獲物を狙うため、目立たないように冬は雪と同じ色、夏は闇と同じ色になるわけだ。

 10分ほどでテンが去ったので、それから外に出て、ヒナコウモリの出巣を見守る。ヒナコウモリは都会にもたくさんいるアブラコウモリより大型のコウモリ。ただ、その生態はまだ詳しく分かっておらず、巣箱を使っている例も珍しいという。その巣箱は縦長の平べったい箱で、下部に2センチほどの隙間がある。その中にコウモリがぎっしり入っているらしい。
 箱の中でコウモリが鳴いている。といっても、コウモリの声は超音波なので、人間の耳には聞こえない。その周波数を下げて人間にも聞こえるように変換する探知機を利用すると、はじめてコウモリの声を我々の耳でもキャッチできるわけだ。。
 みんなで巣箱を見上げていると、ほかのねぐらから飛び出したヒナコウモリが超音波を出しながら次々と頭上を通過していった。
 そして、巣箱からも次から次へと出撃。これから闇の中を飛び回り、蚊などの虫を大量に食べてくれるわけで、コウモリは人間にとっても有益な動物なのだ。

 20匹ほどのコウモリを見たところで切り上げて、再び研修室に戻り、暗い室内から動物観察。窓の向こうの斜面にパンくずが撒いてあるのだ。そこには照明があたっているが、これは毎晩のことなので、動物たちも慣れている。

 開始直後の19時10分に今度はタヌキが登場。今日はやけに好調だ。しかも、タヌキは4匹も出てきた。おそらく同じ一族とのこと。まだ冬毛が残り、ふっくらして見える。チビッコ参加者たちも「かわいい!」と大喜びだ。
 19時25分にはテンが再登場。こちらも2匹目、3匹目と出てきた。テン3匹が木に登ったり、飛んだり、跳ねたり、大サービス。一方、タヌキも餌を食べたり、時にケンカしたり…。
 この観察会は過去に何度も参加しているが、一度にこんなにたくさんの動物を見たのは初めてだ。

(森林館に展示された剥製。冬毛のテンとタヌキ。ついでにキツネの尻尾)

 その後、テラスから天体観察。
 今夜は星空なんて望めないだろうと思っていたが、いつしか雲が切れて、部分的にだけれど星が光っている。天体に詳しいボランティアの人が解説してくれる。
 まずは南西の稜線近くにある土星天体望遠鏡で観察。しっかり輪も見えて、感動。
 雲の動きが速く、土星もたちまち掻き消されてしまったり、また見えたりしたが、最後は夜空がすっかり晴れわたって、満天の星となった。今宵は月のない夜で、晴れさえすれば天体観察には最高の条件である。
 西に沈みゆくふたご座のカストルポルックスの兄弟や東から昇ってきたさそり座のアンタレスは僕でも見分けがつく。もちろん、頭上に輝く北斗七星と北極星も。そして、北斗七星のひしゃくの柄のカーブの延長線上にあるオレンジ色に輝く牛飼い座の1等星アルクトゥルス、青白く輝く乙女座の1等星スピカの「春の大曲線」というのも教わった。星空をゆっくり移動していく人工衛星も見えたし、流れ星もいくつか。
 天体望遠鏡では、木星と4つの衛星、かに座のプレセペ星団M44、ヘルクレス座球状星団M13、射手座の三裂星雲M20などを観察。

 動物のほうは22時05分頃、ハクビシンが1匹登場。10分ほど目を楽しませてくれたが、この時間には子どもたちはもうみんな寝ていたので、見たのは大人だけ。
 あとは真夜中にキツネが出る可能性もあるということだったが、僕も22時半頃には寝袋で就寝。