美奈川護『ドラフィル! 竜ヶ坂商店街オーケストラの英雄』

 タイトルの「ドラフィル」とはアマチュアオーケストラ、竜ヶ坂商店街フィルハーモニーの通称。「ドラ」はドラゴンのドラで、竜ヶ坂の地名にちなんだもの。
 都心から電車で1時間半ほどの寂れた町の商店街で、町おこしのために結成されたオーケストラ。商店街の有志らによって合唱団ならともかく、クラシックのオーケストラが組織されるなんてことが現実にありうるだろうか、と疑問に思わないでもないが、そこはまぁ深く考えないことにして…。実際、物語に登場するのはヴァイオリン(音楽教師)、コントラバス(スナックのママ)、フルート(和菓子屋の4代目)、オーボエクラリネット(喫茶店経営の夫婦)、トランペット(81歳の老人&孫の女子高生)、トロンボーン(魚屋)、ホルン(ペットショップ店主)など各パート、せいぜい1人か2人ぐらいだが、一応、総勢で50名余りがいることになっている。
 で、この物語の主人公は音楽大学を卒業したものの、プロの演奏家にはなれず、仕事もないヴァイオリニスト青年の響介。楽器商を営む叔父の勧めで竜ヶ坂にやってきて、公民館でアルバイトをしつつ、ドラフィルのコンサートマスター兼首席ヴァイオリン奏者の座についたのだった。そして、彼の前に現れたのが、オーケストラを仕切る車椅子に乗った若い女性・七緒。といっても、彼女は「アルプスの少女」のクララみたいな健気な女の子ではなく、言葉づかいは乱暴だし、涼宮ハルヒ並みの傍若無人さで人に接する。その破天荒な態度は痛快ですらある。ただ、彼女は自分が車椅子生活に入るきっかけになった原因についてだけは語りたがらない。そこに隠された秘密がストーリーのカギになっているわけだ。
 とにかく、市民祭りでの演奏会を当面の目標に、七緒に強引に振り回されつつ、響介の竜ヶ坂での生活が始まるわけだが、七緒と響介の関係はまさにハルヒキョンのそれを思い出させる。
 響介は七緒とともに町の人々が抱えるさまざまな問題に関わりながら、町にもオーケストラにも馴染んでいく。そして、終盤になって、明らかになる七緒の過去。ミステリー要素もあり、予想以上に面白かった。演奏会での音楽の描写も見事。続編も買ってしまった。