なんとなく新潟へ(その1)

 この夏の「青春18きっぷ」の有効期限は9月10日までだが、まだ2回分使い残して迎えた9月7日(土)に4回目の旅に出る。前日までは群馬県下仁田に行ってみようと考えていた。下仁田といえば、一般的には下仁田ネギとコンニャク(と井森美幸)だが、関東地方では貴重な中央構造線の露頭があったり、地質学的に大変貴重な景観がいろいろと観察できる場所としてジオパークにも認定されているので、それを目的に行く気満々で、下調べもしていたのだ。ところが、下仁田へ通じる上信電鉄(高崎~下仁田)の一部区間が土砂崩れで不通になっているという事実を前日になって知った。運転再開は14日頃の見込みだという。バスやタクシーで代行輸送をしているということなので、下仁田には行けるのだが、上信電鉄に乗るのは初めてだから、どうせなら全区間乗りたい。ということで、下仁田にはもっと涼しくなってから改めて出かけることにして、今回は別の場所へ行くことにした。

 急に行き先がなくなって困ったが、とりあえず、家を5時半過ぎに出て、新宿で18きっぷに日付印を捺してもらい、埼京線で赤羽に出て、6時25分発の高崎行き(上野始発)に乗り、高崎に8時01分に着いた。今のところ、新潟方面まで足を伸ばしてみようと思っている。

 色とりどりの上信電鉄の電車が見えて、やっぱり乗ってしまおうかと迷ったが、やめておく。すぐに信越線の横川行きがあり、これにも心を惹かれる。1年前に横川から信越線の廃線跡と路肩崩落で通行止めの旧国道を軽井沢まで歩いた。道路は今年3月末に復旧したが、また土砂崩れで通行止めになっているらしい。

 ということで、今回は上越線に乗る。先週、真岡鐡道でSL列車に乗ろうとしたら、台風の影響で運休になっていた。上越線でも高崎~水上間に9時56分発の「SLぐんまみなかみ号」が運転されるので、乗ってみてもいいかな、と思ったが、高崎駅の窓口で「SLの切符は売り切れです」と言われている人がいたので、諦める。

 8時25分発の水上行きに乗車。211系の6両編成。満席で、立ち客も出る。座れたが、ロングシートだし、車窓の景色も楽しめないまま、水上には9時31分着。

 水上からは9時43分発の長岡行きが接続する。新潟地区ならではのE129系の4両編成で、ほとんどの人が乗り継ぐので、車内はたちまち満員になる。もちろん、座れない。このままずっと立ちっぱなしというのも辛いので、この9時43分発で地底駅の土合まで行って、戻ってきて、約2時間後の長岡行きに乗ることにする。

 長岡行きは利根川の源流ともつれ合うように何度も鉄橋を渡りながら進み、山の中腹を巻くループ線湯檜曽駅上りホームが見えると、13,490メートルの新清水トンネルに突入し、最初の停車駅・湯檜曽に停まる。下りホームはトンネル内にあるのだ。2年前にこの駅で降りた。

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 湯檜曽を出た列車はさらにトンネル内を行き、入口から3.9キロ地点にある土合駅に停車。9時52分着。ここで下車。僕のほかにも多くの人が降りたし、ホームにはものすごくたくさんの人がいて、カメラやスマホで写真や動画を撮っている。僕も走り去る電車の写真を撮りたかったが、狭いホームにあまりに人が多すぎて、撮れなかった。

 2年前にこの駅に降りた時、びっくりするほど寒く感じた記憶があるが、今日はそこまで寒くは感じない。寒くはないが、かなり涼しいのは確か。それにしても、異様なほどの賑わいである。鉄道好きというわけでもなさそうな老若男女。ここまでクルマで来て、「モグラ駅」を見物している人も相当数いるようだ。地底に続く長い階段が一種のアトラクションになっているのだろうし、暑い夏にこの涼しさはたまらない魅力でもあるのだろう。しかも、無人駅だから、入場券も不要である。入場料を取った方がいいのでは、と思ったりもする。

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 20年前にこの駅を通った時はホームに人の気配はなく、ただ、鉄ちゃんがわずかな停車時間にホームに降りて写真を撮っていたぐらいだったが、いつのまにか、大人気の駅になっているようだ。実際、「谷川岳もぐら号」という臨時特急が大宮~越後湯沢間に運転されていて、水上は通過だが、湯檜曽、土合に停車して、土合では30分の地底駅見学ができるようになっている。今日も運転日で、この後、やってくるはずだ。

 年間を通じて低温で、温度の変動が少ない地底ホームの事務室はクラフトビールの熟成に利用されていて、毎年秋に土合駅で開催されるビールイベントで提供されるらしい。

 さて、地上の改札口へは486段の階段である。究極のバリアフリー非対応駅なのだ。

 みんなが順番に写真を撮っているのは、この看板。

 先月参拝した身延山久遠寺の石段「菩提梯」は287段で、土合駅より約200段も少ないが、高低差は104メートルと、土合駅より30メートル以上大きい。従って、一段ごとの段差が大きく、とにかくきつかった。それに比べると、土合駅は段差が低く、何よりも気温が低いので、だいぶ楽である。5段ごとに踊り場があり、途中に休憩用ベンチもあるが、一気に登り切った。

 地上へ出ると、やはり暑い。ミンミンゼミが賑やかで、ホオジロの声が聞こえる。

 今度の水上行きは10時20分発。地上にある上りホームに出る通路の蜘蛛の巣にカマキリが引っ掛かっていた。

 上越線というと、この緑色に塗られた架線柱が思い浮かぶ。

 線路に咲く仙人草。

 まだまだ暑くて、ミンミンゼミが盛んに鳴いているが、一方でエンマコオロギの声が聞こえ、赤とんぼが飛び交い、ススキの穂が風に揺れていたりもする。夏と秋がせめぎ合う土合駅のホームで待っていると、まもなく清水トンネルを抜けてきた水上行きがやってきた。

 側面の窓ガラスが全面的に曇っている。

 9,702メートルもある清水トンネルの中で冷え切った車体がトンネルを出た途端に暑い外気に触れて、瞬時に水滴がつくのだ。キンキンに冷えたビールジョッキの表面に水滴がつくのと同じ原理である。運転席の窓は当然ながら、結露対策がなされており、曇ることはない。

 乗り込むと、窓が曇って、外が全然見えない。つい指先でガラスを拭いたくなるが、外側に結露しているので、拭くことはできない。自然に消えるのを待つしかない。

 列車は土合を出ると、やがて、湯檜曽ループにさしかかり、眼下に湯檜曽駅を見下ろす地点を通過する。窓越しにその風景を撮影しようとしている人がたくさんいるが、まだ窓は曇ったままだ。

 列車はトンネルに入り、左へ左へとカーブしながら、ループを一周して高度を下げ、湯檜曽駅に到着。さらに5分走って水上には10時35分着。

 この列車が折り返して長岡行きになるのだが、発車は11時39分。まだ1時間以上あるが、一度駅を出て、前回も買って食べた生どら焼きを今回も買っただけで、列車に戻る。座席確保が優先である。

新潟色E129系と首都圏色の211系)

 今日はまだ何も食べていない。もう11時になるが、朝食代わりのどら焼き。

 車内はガラガラだったが、高崎からの電車が11時31分に着くと、乗り換え客でたちまち満員になり、大混雑となった。

 11時39分に水上を発車。再び新清水トンネルに入り、湯檜曽、土合と停車。土合駅は相変わらず賑わっていた。

 上越国境の長いトンネルを抜けると、また窓ガラスがサッと曇る。

 川端康成の『雪国』の冒頭、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった」の信号所とは新清水トンネルを出てすぐにある今の土樽駅のことだが、どんな駅か見てみたくても、曇りガラス越しになんとなく雰囲気が分かる程度である。

 新潟県に入った列車は魚野川に沿って下っていく。沿線の山々はほとんどがスキー場だ。もちろん、今の季節は閑散としている。

 越後中里、岩原スキー場前と停車して、リゾートマンションやホテルが林立する越後湯沢に12時13分着。ここでけっこう降りたが、新幹線からの乗り継ぎ客もいて、まだ空いたとまでは言えない。

 水上から僕の向かい側に座っている男性は袋の中から押し寿司とかナッツとか饅頭とかチーかまとか、あまり脈絡なく、でも美味しそうなものを次々と取り出して食べている。こちらは朝からどら焼き1個しか食べていないので、ちょっと羨ましい。車窓風景を眺めながらも、ちらちらと観察してしまう。昔だったら、特急の通過待ちなどで長時間停車する駅があり、そこで駅弁が変えたりしたものだが、今はそんなこともなくなってしまった。

 越後湯沢を出て、かつて山越え区間の補助機関車EF16の連結・切り離しを行っていた石打も過ぎると、車窓はだんだん広々とした田園風景に変わってくる。もうすぐ稲刈りのシーズンだろうか。

 最近、突如としてコメ不足となり、店頭からコメが消えてしまったが、新米が出荷されるようになれば、コメ不足は解消すると政府当局はいう。激増する訪日外国人を通じて世界に日本のコメの美味しさが知れ渡り、コメの多くが日本人には手が出ないような高値で海外に輸出されてしまう、なんてことがあってもおかしくはない。

 ところで、越後の田園風景を眺めていて、気がつくのは、民家の独特な建築である。1階部分がコンクリートで車庫や倉庫になっていて、2階以上が木造の居住空間になっている高床式の家屋が多い。恐らく、冬は1階部分がほとんど雪に埋まってしまうのだろう。この動画でも高床式家屋がたくさん見られる。


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 小出到着は12時56分。只見線の乗り換え駅で、ここでもけっこうな下車客があった。小出に用がある人がそんなに多いとは思えないので、みんな只見線に乗るのだろう。13時12分発の会津若松行きが発車を待っていて、すでにだいぶ席が埋まっているようだ。僕も20年前にこの時間帯の列車に乗ったが、たぶん「青春18きっぷ」組が多いのだろう。夕方に会津若松に着き、そのまま普通列車を乗り継いで行けば、夜遅く東京に帰れるはずだ。

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越後川口の手前で魚野川を渡る)

 越後川口の手前で上越新幹線の高架橋をくぐり、同時に魚野川を渡る。これまで線路の右側を流れていた魚野川が左側に移り、信濃川と合流するのだ。

 飯山線の長野行きが発車を待つ越後川口を出ると、左車窓に信濃川が見えるようになるが、さすがに日本一の長さを誇る大河だと思わせる。

 信濃川河岸段丘を行き、13時27分に宮内に到着。信越線との接続駅で、上越線の下り線は信越線の複線を跨いで宮内駅に進入する。ここで上越線は終点である。

 2本の幹線が合流する宮内だが、それ以上でもそれ以下でもなく、閑散としている。昔から特急や急行は停まらない駅で、上越線信越線の特急や急行が昼夜を問わず頻繁に通過していたはずだが、今はわずかな特急が通るだけだ。ただし、西日本と東北・北海道を結ぶ貨物列車は今も数多く運転されているはずで、それは昔と変わらないのだろう。

 そんな宮内を出て、線路の数が増え、大規模な貨物ターミナルや国鉄時代からの電気機関車EF64やEF81もいる車両基地が左右に広がり、右から上越新幹線の高架橋が近づいてくると、この列車の終点、長岡で、13時31分着。ここからはすぐに信越線の新潟方面の列車に接続する。新潟経由の内野行き。内野ってどこ?と思ったが、越後線の駅らしい。13時39分発で、8分しかない。ここらで昼食にしたいのだが、この電車を逃すと、次の電車まで1時間待たねばならない。空腹もなんとなくおさまった気がするし、まぁ、食べなくてもいいか。

 ということで、つづく。

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