湘南サイクリング

 春の陽気に誘われて、前夜から久しぶりに「明日は自転車でどこかへ行くぞ、夜明けとともに出発だ」という気持ちになった。
 行き先ははっきり決まらないまま、5時15分に出発。走るうちに江ノ島から鎌倉あたりへ行ってみようという気になり、246号線経由で大和市まで走り、そこから境川沿いにサイクリングロードを南下。境川はちょうど横浜市大和市の境を流れ、藤沢市相模湾にそそぐ川である。周辺は宅地化が進んでいるが、まだまだ畑や田んぼも残り、上空でヒバリがさえずっている。

 7時55分に江ノ島に到着。
 まず湘南モノレール江ノ島駅前にある片瀬郵便局を訪ねる。小さなレトロ建築で、表札の文字も右から書かれている。いつ頃建てられたのか分からないが、写真を一枚。

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 そして、片瀬海岸へ。いつでも自転車で出かけて海が最初に見える瞬間というのはパーッと心が広くなるような気分になる。まずは島へ渡って、湘南港の板張りデッキで一休み。

 江ノ島で休憩の後、浜辺のサイクリングコースを茅ヶ崎あたりまでのんびり往復してくる。
 日曜の朝ののどかな海を眺めながら、潮の香りを思い切り吸い込んで自転車を走らせるのは最高の気分で、風と海と自転車の画家・内田新哉さんの透明でさわやかな水彩画の世界に入り込んだような気分に浸れる。

 茅ヶ崎の海岸で沖合の烏帽子岩を眺めて引き返し、お昼には鎌倉まで走って由比ヶ浜で昼食。相変わらず休日の海岸通りも鎌倉の街も大渋滞しているが、クルマをスイスイ追い抜いて颯爽と走るのは毎度のことながら痛快である。

 午後は北鎌倉の明月院に近い葉祥明美術館を訪れる。豊かな緑に囲まれたレンガ造りの西洋館。
 葉さんは一般的にはメルヘン画家のイメージが強いが、僕としては、メルヘン調のかわいい絵よりも、シンプルな表現ながら内省的で思索的な心象風景画とでもいうべき油彩画に強く心を惹かれる。また、葉さんの作品の中にしばしば自由の象徴(たぶん)として描かれる自転車は僕のサイクリングへの憧憬の原点にもなっているように思うのだ。
 とにかく、宇宙の真ん中にひとり立ち尽くしているような厳粛な気持ちになって、作品と向き合っていると、驚いたことに展示室内に葉さんが入ってきた。お顔は写真で知っていたのですぐにご本人だと分かったが、こういう時は妙に緊張して、なかなか声をかけることができないものである。部屋の真ん中のテーブルに置かれた絵本などをきちんと並べ直している葉さんのそばを気づかぬフリして通り過ぎ、そのまま展示室から出てきてしまった。
 ところが、エントランスホールで美しい絵葉書を数枚選び、絵本も一冊買い求めたところ、葉さんが出てきて、
「サインをしましょうか」
 とおっしゃる。
「あ、お願いします」
 金色のマジックで絵本とカードにサインをいただき、それから少しだけ言葉を交わした。僕が東京から自転車で来たというと、葉さんも今日は「アースデイ地球の日)」にちなんで東京都心で行われた自転車のパレードを見て、たった今帰ってきたところだそうだ。葉さんとの間に「自転車」という共通項を見出せたようで、嬉しかった。

 さて、得がたい宝物を大切にリュックにしまい、鎌倉から藤沢へ出て、また境川沿いの自転車道を通り、町田経由で帰る。
 海に近い藤沢と内陸の町田ではそれなりの標高差があるはずなのに、蛇行する川沿いの道はほとんど勾配を感じさせないまま町田に着いてしまい、しかも、町田から先、多摩川まではほとんど下る一方なのだから楽で助かる。唯一、新百合ヶ丘から百合ヶ丘にかけて上りがあるが、大したことはなく、多摩川から自宅までも上り基調だけれど、ここはまぁ、走り慣れた庭みたいなものである。今日の走行距離は152.5キロ。