檜原村ツーリング

 朝5時25分に自転車で家を出て、東京の山奥・檜原村へ向かう。

 甲州街道奥多摩街道、睦橋通り、五日市街道を通って、7時45分に五日市の4キロ手前の引田の「山田うどん」で朝食。

 8時13分に武蔵五日市駅前を通過。檜原街道に入って、ひたすら山奥をめざして上っていく。

 あきる野市から檜原村に入り、すでに10月とはいえ、まだ緑の濃い秋川渓谷沿いに五日市から9キロ走って、檜原村の中心・本宿には8時50分に到着。ここまで家から52キロ。すでに東京都内とは思えない山深い土地である。

 ここからは「払沢(ほっさわ)の滝」が近い。初めてではないが、今日も滝の入口に自転車を置き、渓流沿いに遊歩道を10分ほど歩くと、緑の中に真っ白な水柱が見えてきた。

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 高さ60メートルというけれど、滝は4段になっていて、上部は木々に隠れているため、さほど高さは感じない。しかし、水量は豊かで、滝壺の縁に立つと、飛沫がかかり、清々しい。気温は17℃。

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 この谷あいにも朝日が届くようになり、滝の水の輝きも白さを増し、周囲の木々も緑色の光と影が揺らめいて美しい。紅葉になったら、どんなにきれいだろうかと思う。

 

 さて、再び自転車に戻って走り出す。

 昨年の秋に続いて、今日もまた奥多摩周遊道路の風張峠を越えようと考えているので、本宿からは南秋川沿いを行く。

 日陰の多い山間の道。急カーブと急勾配が続くのは言うまでもない。

 本宿の標高が250メートルほどで、それが村の最奥の数馬ではおよそ700メートル、さらに奥多摩周遊道路の最高地点・風張峠では1,146メートルに達する。峠まで約25キロで標高差900メートルほども登る計算である。

 とにかく、黙々とペダルを踏む。山奥の村とはいえ、沿道には時折、小さな集落が現れ、わずかな耕地がある。1カ所だけ黄金色に実った小さな田んぼがあったが、ほかはすべて畑である。急傾斜の土地でも段々畑にはせず、斜面をそのまま耕している。

 また、走っていて気がつくのは、路傍に道祖神や石塔の類が多いことである。寒念仏供養塔、二十三夜塔、庚申塔、百番塔など、大抵は自然石に文字を刻んだだけの素朴な塔だが、いずれも民間信仰の名残である。

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 このうち、百番塔というのは何を意味するのか解らなかったのだが、瓜生卓造著『檜原村紀聞―その風土と人間』(1977年)によれば、観音講の人々が西国・坂東のそれぞれ33カ所、秩父の34カ所の観音霊場を巡礼し、それを成就すると記念塔を建立して供養したものだそうだ。

檜原村紀聞―その風土と人間 (平凡社ライブラリー)
 

  そうした石塔群は過去の遺物ではあるにせよ、やはりそこにあるだけで、この土地に暮らす人々だけでなく通りすがりの者にも目には見えない何かを放射し続けているように感じられた。

 

 やがて、路上に赤みの強いオレンジ色のヘビがいたのをタイヤで踏みそうになった。慌てて避けて通り過ぎたものの、気になったのでバックして、じっくり観察してみた。こんな色のヘビは初めて見たが、恐らくジムグリではないかと思う。体長は30センチ程度しかないから、幼体だろう。このままでは車に轢きつぶされるのも時間の問題なので、逃がしてやろうと足先でつついてみたが、全く動かない。まだ感触は柔らかな感じたが、すでに死んでいるようだった。

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 さて、上川乗で甲武トンネルを経て上野原へ抜ける道路を左に見送り、さらに急勾配を上っていくと、まもなく谷が開けて、よく陽の当たる「人里」。これで「へんぼり」と読む。この不思議な地名の由来については古代朝鮮語と結びつける説など諸説あるそうだが、確かなことはわからないらしい。檜原村の中では住み心地のよさそうな土地ではある。コンニャクの製造工場やシクラメン栽培の温室があった。

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 人里からは再び鬱蒼とした急勾配をのろのろと上り続け、ようやく数馬の集落にさしかかる。本宿から16キロ。屋根を杉か檜の皮で葺いた兜造りの民家で知られる檜原村の最も奥地にある集落である。

 時刻は10時40分。家からすでに70キロも走って、すっかりバテたので、小休止。

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 10分ほど休んで、再び走り出す。峠まであと8キロほどである。

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 しばらく上ると、奥多摩周遊道路の料金所跡で、その先に「夢の滝」という陳腐な名前の滝がある。南秋川の上流にあり、落差はさほどなく、岩盤の上を水が這うように流れ落ちている。

 先に触れた『檜原村紀聞』によれば、もとは「ナメ滝」と呼ばれていたのを、周遊道路の工事で下半分が土砂で埋められ、しかも名前まで変えられてしまったのだという。

 

「そのうえここを視察したどこかの役人のオサが、ナメ滝を『夢の滝』と名称を変え、大きな石碑まで建てた。ナメ滝なんて田舎くさい名ではダメだ、といったそうである。ナメ滝は滑滝で、清い水が岩の上を簾のように滑っていく。それこそ夢の通ういい名前ではないか。山渓の名瀑がただの夢の滝ではサマにならない。俗悪な遊覧地の卑俗な人工滝に付すべき名である。だいいち地名などは長い間かかって土地に定着したものである。バカな思いつきでかえるなどは最低線の人間がすることである」

 

 こう憤る瓜生卓造氏にまったく同感である。特に近頃はこの手の名称変更の動きが全国的に広がっているのは愚かなことだと思う。そんな人を馬鹿にした安直な客寄せ作戦には騙されたくないものだ。

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 さて、秋川の谷もついに行き詰った。周囲には千メートル級の山々が壁のように連なり、道路はその壁に取り付き、ヘアピンカーブを繰り返しながら、峠をめざしてグイグイと上っていく。山の遥か上方の緑の中に白いガードレールが傷のように見える。まぁ、のんびり行こう。

 途中で何度も力尽きては立ち止まり、景色を眺めまわし、ボトルの水を口に含む。そして、また重いペダルを踏む。

 9~10パーセントの勾配をゆっくりゆっくり上り詰めて、数馬から5キロほどで11時25分に「都民の森」に着いた。檜原村の最高峰・三頭山(1,531m)の山腹に広がる森林公園である。ここでしばらく休憩し、ボトルの水を補充。

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 都民の森からさらにしばらく上ると、浅間尾根の駐車場。秋川の北谷と南谷を隔てる、いわば檜原村の背骨で、すでに標高は1,000メートルを超えているはずである。

 ようやく、ここまでたどり着いたとホッとしたところで、いきなり前輪のタイヤがパンクした。まぁ、いつパンクしても大丈夫なように備えはできているが、なにもこんなところで・・・とは思う。

 とりあえずチューブを交換して、峠へのラストスパート。

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 標高1,146メートルの風張峠には12時半に到着。ここまで来ても、まだ木々の葉はほとんど緑のままである。昨年11月8日にこの峠を越えた時はもう紅葉も盛りを過ぎていたから、これからひと月の間に一気に色づくのだろう。

 峠を越えれば、あとはもうひたすら下るだけ。僕の住む町の標高は40メートルほどだから、標高差はおよそ1,100メートル。もちろん、ほとんどペダルを漕がなくても家に帰り着くというわけではない。

 まもなく、眼下に奥多摩湖が望まれ、月夜見山の山頂のすぐ下を巻いて、檜原村から奥多摩町に入ると、月夜見第二駐車場。ここから小河内ダムが見える。せっかく苦しい思いをして上ってきたのだから、心ゆくまで山上からの眺望を楽しもう。

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 少し下った月夜見第一駐車場でも雄大な山岳風景を眺める。

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 あとはもう一気の下り。標高500メートルほどの奥多摩湖までの約10キロを急勾配と急カーブの連続でビュンビュン下っていく。爽快感を上回る緊張感で、楽しむ余裕はない。

 多摩川をせき止めてできた人造湖奥多摩湖の最上流部に下りてきて、対岸へ渡ったところに食堂があったので、そこで昼食。時刻は13時20分。

 あとはトンネルの多い湖岸の道(青梅街道)を8キロほど走って、14時に小河内ダムに到着。観光客で大いに賑わっているが、ほかに自転車は見当たらなかった。ここで走行距離がちょうど100キロになった。20分休憩。

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 奥多摩湖をあとに6キロを20分で下ると、町役場のある氷川の集落。青梅線の終点・奥多摩駅もここにある。ここではビジターセンターに立ち寄った。

 さぁ、帰ろう。あとはほとんどノンストップで、青梅街道、奥多摩街道甲州街道を通って、19時半に帰宅。本日の走行距離は174.8キロ。