DOROTHY LITTLE HAPPY/STARTING OVER


 2月26日にリリースされたドロシーリトルハッピーの2ndアルバム『STARTING OVER』。メンバーが口をそろえて自信作というだけあって、ガールポップの傑作に仕上がっている。
 全12曲のうち4曲はすでに昨年シングルで発売されたものだが、すでに耳になじんだはずのこの4曲が8つの新曲群の中に組み込まれると、ようやく本当の居場所を見つけたように、また新たな色彩を帯び、今までとは違った輝きを放ち始めるから不思議だ。
 ハードなギターロックの「COLD BLUE」で幕を開ける新作では複数の作家の作品が取り上げられ、メインヴォーカルの高橋麻里以外のメンバーがメインで歌う曲がそれぞれにあり、曲調もロック色の強いものから明るいポップソング、切ないバラードなどいろいろ。しかしながら、アルバム全体を通して一つのストーリーが感じられて素晴らしい。曲順はメンバーがいろいろ並べ替えて聴いてみて、皆で意見を出し合って決めたというが、その並べ方が実にうまい。こういう場面でも制作に関与させてもらえるのがドロシーの幸せなところだ。
 昨年10月のシングル「ASIAN STONE」ではあの永井真理子が作詞を担当しているが(作曲は彼女の夫、COZZi)、依頼するにあたって、あらかじめメンバーでテーマを決め、いくつかのキーワードを提示しつつ作品イメージを伝えており、出来上がった詞についても、ニュアンスを変えてほしいところを何度か手直ししてもらっている。表現するのは自分たちだから自分たちが納得できる作品にしたいという強い思いがあるからこそだが、そうした姿勢が彼女たちに関わる先輩たちからアーティストとしての信頼を得ることにもつながるのだろうと思う。

 表題曲「STARTING OVER」はシンガーソングライター磯貝サイモンの曲で、デモの段階ですでにほぼ完成形で届き、ドロシーの5人が一聴してすぐ気に入り、この曲をやりたいと言ったものの、スタッフから今のドロシーではまだこの曲は表現できないからダメだと言われたのだという。この曲を表現できるまであと1年はかかるというスタッフに対して、5人はデモを何度も聴いて歌詞を覚え、猛練習して、スタッフに何度もお願いして、2か月がかりでようやく了解を得たという。結果的にドロシーの代表作になりうる出来に仕上がっているが、この曲はすでにライブで高橋麻里の素晴らしい歌唱を聴いているので、スタジオ版では少し物足りなさを感じてしまったりもする。
 それは秋元瑠海がメインヴォーカルを務める「恋は走りだした」でも同じ。麻里の高く澄んだ声とは対照的にどちらかというとハスキーで低い声のイメージだった瑠海がファルセットも使って高音で歌うこの曲もライブで最初に耳にして、まさに彼女の新境地を開く作品だと感じたものだ。以前、「ほかのメンバーはそれぞれ得意なものがあるのに私には一番といえるものが何もない。だからドロシーのことを誰よりも好きになることに決めた。そこで一番になる」と語っていた瑠海だが、リーダー白戸佳奈も「今、るーちゃんは咲き始めている」と認めるように彼女の存在はこれからのドロシーの大きな武器になると思う。
 また、メンバー全員で作詞をした「2 the sky」では早坂香美が英語ラップに挑戦している。「とりあえず英語といえばこうみん」ということで、彼女の担当になったようだが、実にカッコよく決まっている。英語と韓国語が得意で、1月の台湾でのライブでは北京語もしゃべっていたから、外国語を学ぶことに単純に喜びを感じるタイプなんだろうね。今どきの女子高生では珍しい洋楽好きの彼女の個性をこの先もっとドロシーの音楽に反映させてほしい。昔、キャンディーズにもいましたね。洋楽大好きで、グループの音楽面のリーダーで、英語だけでなくフランス語でも歌っていたお姉さんが。

 アルバムの中盤で「CLAP! CLAP! CLAP!」「ストーリー」「どこか連れていって」と続くところがこの作品の感情的なピーク。なかでも新曲「ストーリー」は弾むようなリズムに乗って歌われる歌詞が映像的なイメージも鮮やかで、恋する女の子の心情をかわいらしく描いている。

 坂本サトル作の「どこか連れていって」は「colorful life」のカップリングとして既発だが、この曲もこのアルバムに収録されて、本来の居場所を得た作品。ほぼ高橋麻里のソロで、私をどこかへ連れていって、と大好きな彼にひたすら訴えかける歌だ。ドライヴの疾走感を思わせる演奏にのせて「ハンドル握るあなたのとなりではしゃいでみる」恋する女の子の高揚感を麻里が見事に表現しているが、実は最後まで「私をどこか連れていって」と言い続けている。しかも、心の中で…。つまり彼との楽しいドライヴはすべて彼女の妄想に過ぎないというわけだ。そして、この曲ではしゃげばはしゃぐほど、次の曲との落差が激しくなる、という仕掛けになっている。彼女の恋のストーリーは一気に暗転する。

 今のところ、このアルバムで個人的に一番のツボでもある坂本サトルの作品「言わなくてよかった」。恋する彼女は妄想を膨らませるばかりで、実はまだ彼に想いを伝えられずにいる。そして、自分のことを好きだと信じていた「あなた」が「あの子」と一緒にいるところを目撃してしまうという展開へ。この「あの子」は「恋は走りだした」で「君の事が気になるって騒いでいた」あの娘なのだろう。2つの曲の作詞者は異なるけれど、曲順を決める段階でドロシーのメンバーがこの「あの娘」と「あの子」を同一人物と想定したことは考えられる。「あの娘には負けないぞ」というところから「恋は走りだした」のだ。それなのに…。
 名手・古川昌義のギターが緊迫感を醸し出すサウンドにのって冷たい感情と熱い想いが入り混じったような青白い炎をじわじわと燃え上がらせていくように5人が歌い継いでいくが、とくに秋元瑠海の声はこういう場面ではとても説得力がある。

 昨日見た映画のラストシーン 夢中で話すの
 「1人で行ったの?」なんて イジワルに聞くぐらい
 許してもらおう
 

 ここでの富永美杜の冷やかな歌声にもゾクッとさせられる。この曲はまだライブでは披露されていないが、彼女は一体どんな表情でこのパートを歌うのか注目だ。最近の彼女はライブでの曲に合わせた表情のつけ方が素晴らしいから。曲はだんだん熱気を帯びつつ盛り上がり、最後に高橋麻里が感情を爆発させ、さらに畳みかけるように想いをぶつけてくる。本当にこの曲はスゴイ!
 この曲がライヴで披露された時、それは現在のドロシーのすごさを象徴するようなパフォーマンスになるだろうと期待している。

 このあと、孤独であることの切なさを歌う「STARTING OVER」に直行すると、主人公の落ち込みぶりが痛々しすぎるので、間に孤独を癒すような「青い空」小沢正澄作)を挟んだのは正解だと思う。しかも、この曲、すごくいい。そして、ひたすら切ない「STARTING OVER」を経て、ラストの「明日は晴れるよ」では孤独な友に寄り添うように歌う白戸佳奈が安易に励ましたりせずに、でも優しく前向きに、すべてを救済するようにして終わる。この終盤の曲の流れは本当に素晴らしい。そして、また最初から聴きたくなる。
 
 いわゆるアイドルと呼ばれる人たちの作品の中で、楽曲派と呼ばれる音楽重視のファンをも満足させる作品というのはいくつかある。たとえば、Tomato n'Pineの作品などは僕も素晴らしいと思うけれども、そうしたすぐれた作品と比べても、ドロシーの作品において際立っているのは、メンバー自身の“表現”に対する想いの強さだと思う。
 アイドルの歌唱が録音された時点でデジタルデータという形で素材化され、それをプロデューサーがあれこれ手を加えて作品に仕上げるというパターンが多いなかで、ドロシーは自分たちが作品制作の主役になることを許されている希有な存在だ。なので、僕は彼女たちをただのアイドルとは思っていないし、アーティストとしてリスペクトもしている。
 昨年の『Life goes on』から1年間でドロシーがどれだけ進化したかを明確に記録したこのアルバム。ドロシーがこの先、アーティストとしてどこまで行けるのか、彼女たちが紡ぎ出す物語をずっと追いかけてみたい、そう思わせる、すごく魅力的な作品だ。
 アイドル好きという垣根を越えて、より多くの人に聴いてほしいし、特に彼女たちと同世代の女の子たちに聴いてほしいね。
 僕は過去に商業施設などオープンスペースでのアイドルの公開ライブを何度か目にしているが(最初はデビュー直後の東京女子流だったかな…)、そういう場を観察していて感じるのは、多くのファン(アイドルオタク)が集まり、盛り上がれば盛り上がるほど、一般人(部外者)には近寄りがたい雰囲気が生まれてしまうということだ。この作品はアイドルとオタクの閉じた世界の中だけで聴かれるのはもったいない。ということで、外部に身を置きながら、こんな文章を書くことにも少しは意味があるのかな、と思うのだけど…。

 さて、このアルバムはDVD付きとCDだけの2タイプで発売されている。DVDには2013年12月30日、川崎クラブチッタでのライブ映像が40分のダイジェストで収録されている。フル収録はこれが初演だった「STARTING OVER」だけで、完全版を見たいというか、当日行けばよかったという思いが強くなるが、とにかくドロシーの表現はライブでこそ本領発揮となるので、やはり買うならDVD付きがオススメ。

STARTING OVER (ALUBUM+DVD)

STARTING OVER (ALUBUM+DVD)

STARTING OVER (通常盤)

STARTING OVER (通常盤)