文化の日の檜原村への自転車ツーリングの話、後編。
檜原村最大の観光名所、払沢の滝を見た後、浅間尾根へ続く坂道を自転車で登り詰め、でも、思ったほど景色がいいわけではないので、自転車を残して、「甲州古道」の標識がある登山道を歩き始めた。とりあえずの目的地は「浅間嶺」という地点だが、どんなところか分からないし、どのぐらい歩けば着くのかも分からない。とにかく、歩くことにした。歩き始めたのは14時ちょっと前。
最初は石畳っぽい道。これは昔からのものだろうか。杉林の中の薄暗い沢沿いの道で、人の気配はまるでない。熊が出たらどうしよう、などと考えながら歩く。
本当に誰もいないので、ちょっと心細さも感じつつ、周囲を見上げると山頂まではまだだいぶありそうだし、諦めて引き返そうか、などということも考えながら歩いていくと、道はやがて沢を離れ、スイッチバック状に斜面を登っていく。これで稜線まで出たら、パーッと視界が開けるのだろうか。もう少し頑張ってみよう。
やがて、北側の視界が少しだけ開けた。
時刻は14時15分。あと15分歩いて引き返そうと心に決めて、さらに進む。まだ誰にも会わない。自転車で登ってくる時に下山するハイカーと何人もすれ違ったから、時間的にもうこのあたりには誰もいないのかもしれない。
エナガの声が樹上から降ってくる。ヒガラの声もする。アオジは姿も見せてくれた。ほかにもいろいろな小鳥の声がする。野鳥ならいいけれど、とにかく熊だけは怖い。お願いだから出てこないでくれ。
そろそろ時間的に引き返そうか、でも、こんな中途半端なところで引き返すのもなぁ、などと思いながら進んでいくと、道標があった。分岐点で、「展望台0.7KM」と書いてある。700メートルというと、もうすぐという気もするけれど、山道だとけっこうあるな、とも思う。道標には「浅間嶺0.4KM」の標示もある。こちらのほうが300メートル短い。浅間嶺というからにはそれなりの高所だろうし、眺望も開けているのではないか、と考え、浅間嶺まであと400メートル歩いて、そこで引き返すことにした。たぶん「展望台」のほうが景色はよいに違いないが、帰りの自転車の道のりも考えると、すでにふくらはぎが張っているし、ここまででも少し歩き過ぎのような気がする。ちょっとでも距離は短いほうがいい。
とにかく、浅間嶺をめざして歩いていくと、北側の視界がパッと広がった。紅葉もそれなりにきれいだ。ここで満足することにしよう。時刻は14時40分。
そこにあずまやとトイレがあり、休憩所になっていたが、ここにも誰もいない。結局、山を登り始めてから、人っ子ひとり見かけなかった。はるか上空を飛行する飛行機の音がたまに聞こえるのが、ほとんど唯一の人の気配だ。
そこにあった地図の等高線から判断すると、標高は850メートルほどだろうか。浅間嶺のピークは903メートルのようだ。地図の真ん中の「かぶと造りの家」が登り始めの蕎麦屋。
5分ほど休んで、来た道を引き返す。わずかな時間で日が翳ってきた。道は尾根の北側についているので、陽が届かなくなったのだ。
何ものかに追い立てられるように下っていく。とにかく、もはやこの山中に僕以外には誰もいないのは明らかだ。
ずんずん下って、沢沿いまで戻ってきた。もうすぐだ。
15時16分に蕎麦屋前まで戻ってきた。まだ「商い中」の看板が出ているが、先ほどに比べると、だいぶひっそりとしている。営業時間は15時半ぐらいまでらしい。蕎麦はまぁいいか。
(兜造りはこの地方独特の建築)
とにかく、ガードレールにワイヤーで繋いでおいた愛車のもとに戻ってきた。さて、帰ろう。
下り始めると、速度はグングン上がるが、急カーブも多いので、ほとんどブレーキをかけ通しだった。
そして、前方に視界が開けた瞬間、眼下に望む山並みの彼方に東京都心方面のビル群が見えた。先ほど、払沢の滝入口でサイクリストが「あんなにきれいに見えるとは思わなかった」と言っていたのはこれだったのか。
もしやと思い、カメラのレンズを望遠にして探すと、ちゃんとスカイツリーも見えていた。
なるほどね。
あとはひたすら下って、払沢の滝駐車場に戻り、また60キロの道を自宅まで帰ってきた。
多摩川に出る頃には日も沈み、やがて道は真っ暗になった。夜のサイクリングロードは無灯火ランナーや歩行者が多くて危険なので、途中から一般道を通って帰る。
19時過ぎに帰宅。走行距離は122.1キロ。往復1時間半ほどの登山付きで、距離以上にハードではあった。