安曇野サイクリング(その1)

 9月10日の早朝から出かけて、9時35分に長野県の松本に到着。9時55分発の大糸線に乗り換えて、10時21分に安曇野の玄関口、穂高に着いた。観光客や登山客がどっと降りる。僕も降りる。

 久しぶりの安曇野を歩いて散策するつもりだったが、駅前に何軒かレンタサイクル屋があり、そのうち一番安いと宣伝していた「しなの庵」(昔は蕎麦屋と兼業だったらしい)で自転車を借りた。電動アシストとかマウンテンバイクとか、いろいろあるようだったが、大方は出払ってしまって、普通の自転車(3段変速)を借りる。1時間200円で、後払い制。サドルの高さもしっかり調節してもらい、地図をもらって、3時間ほど自由気ままに走り回るつもりで出発。

 とりあえず、過去に何度も行った大王わさび農場方面へ自転車を走らせる。輪行して駅前で自分の自転車を組み立てて走り出す時の気分に似て、やはり気持ちがいい。

 道しるべがあちこちに立っているので、それに従い、快調に走る。安曇野を訪れるのは1993年5月以来だから、29年ぶりか。当時の穂高町が合併で安曇野市になっているし、前回までの印象より建物が増え、田舎っぽさが薄れた気がする。

 それでも街をはずれると、田畑が広がり、清らかな水が流れ、ワサビ田も見られるようになる。そして、道端には道祖神安曇野道祖神がとても多いところである。北アルプスの高峰は雲に隠れ、前衛の山々も山頂はほとんど隠れている。

 やがて、「水色の時道祖神」にやってきた。安曇野に来るたびに訪れる場所だが、付近の道路が舗装されたり、敷地が整備されたりして、なんとなく雰囲気が変わった。

   

 下の写真2枚は1988年10月。道祖神脇の道は未舗装だった。

 今まで詳しいことは知らなかったが、昔、NHKの連続ドラマに『水色の時』というのがあったのは微かに記憶があり、恐らくドラマの舞台が安曇野で、ドラマの中に登場した道祖神なのだろうな、と想像はしていた。

 ただ、このなんとなく円空仏を思わせる道祖神安曇野のほかの道祖神とは明らかに表現方法が違っていて、少し違和感もあったのである。

 新しい説明板が立っていて、謎が判明した。
 『水色の時』はNHK連続テレビ小説第15作として1975年に放映され、松本、安曇野が舞台だったという。ヒロインは大竹しのぶ。で、ドラマの中に登場し、視聴者に深い印象を与えたのが、この道祖神で、これはNHKの依頼で彫刻家の須藤賢氏が彫ったものだそうだ。その制作過程で女神像が剥落してしまい、結果的に男神より奥まったところに慎ましく女神が位置する独特の道祖神が誕生したとのこと。

 なんだ、ドラマ用に作られたものだったか、と、ありがたみが薄れる気がしないでもなかったが、優れた彫刻作品ではあるのだろう。とにかく男女神がひしと抱き合う道祖神を拝んで、再び走り出す。

 安曇野は周囲をぐるりと山々に囲まれていて、今日は北アルプスの峰々は見えないかわりに、どちらを向いてもホレボレするような雲が湧いて、雲の峰が風景を素晴らしいものにしている。

 赤いママチャリ風自転車もカッコイイとはいえないが、フラットハンドルで、太めのグリップが手に馴染み、走りやすい。徒歩での散策も悪くはないが、自転車が断然いい。安曇野に行かれる方にはレンタサイクルをお勧めします。

 とにかく、駅から3キロほど走って、大王わさび農場へやってきた。

 記憶よりも観光地化が進んだようで、広い駐車場には観光バスも止まっていて、ゾロゾロと降りてきたのは外国人の団体。ガイドらしい日本人男性が「ボンジュール」と挨拶し、団体も一斉に「Bonjour」と返しているからフランス人らしい。「えー、それではですね~」とガイド氏はいきなり日本語になっていたが、通じるのか、通訳がいるのか。駐輪場に自転車を残し、足早に通り過ぎたので、その辺は不明。そもそもフランス人がワサビ田を見て面白いのかどうか分からないが、ここは安曇野を代表する買い物スポットなので、観光バスが必ず立ち寄る場所である。

 大量の冷たい地下水が湧き出す安曇野はワサビ栽培が盛んで、なかでも大王農場は大規模。見事なワサビ田が広がるが、今はすべて黒い遮光ネットに覆われている。

 けっこう気温が高くて、まだツクツクボウシやミンミンゼミの声が聞こえた。コオロギの声も聞こえる。ワサビ田で水音がすると思ったら、カラスが行水をしていた。

 ところで、この農場名の「大王」だが、説明板によると、平安時代、この地域を治めていた怪力無双の魏石鬼八面大王と呼ばれた人物に由来するという。八面大王は全国統一をめざす朝廷が派遣した坂上田村麻呂の軍勢から村を守るために戦ったが、奮戦むなしく敗れ、処刑されてしまった。朝廷軍はあまりにも強い八面大王が生き返るのを恐れ、遺体をバラバラにして埋葬し、胴体を埋めた場所がこの農場の一角であったという伝承から、農場内に大王神社を祀ったという。どこまで本当かは分からないけれど。

(八面大王を祀る大王神社)

 彼岸花が咲いていた。

 まえにここでワサビ茶漬けを食べたのが美味しかったという記憶があり、また食べたいと思っていたのだが、食事処には順番待ちの行列ができていたので、諦める。コロッケやソフトクリームなどのフードコートや生ワサビやワサビ製品などの売店も賑わっていたが、結局、何も食べず、何も買わずに出てきた。

 

 大王農場をあとに田んぼの中の道を南へ走る。この秋初めてモズの声を聞いた。

 それにしても、気持ちがよすぎるサイクリング。もうずっと走っていたくなる。1時間200円(電動やスポーツ車は300円)だから、5時間借りても1,000円だ。1日(24時間)だと1500円である。

 花盛りのソバ畑。

 やがて、ハイジの里という農産物直売所があり、隣接する乗馬クラブの馬を眺めて、再び走り出す。

 今回安曇野に来た一番の目当ては道祖神である。もらった地図にも主な道祖神の所在地に印がついているので、これを参考に道祖神探訪を始めよう。

 

 ハイジの里から西へ向かい、万水川の清流を渡って、穂高駅の南隣の柏矢町駅に近い集落に迷い込むと、さっそく見つけた。

 そうそう、この着色された道祖神が見たかったのだ。初めて見た時は誰かが悪戯で色を付けてしまったのかと思ったが、これが安曇野道祖神である。

 そして、男女神が酒器を手にしているは祝言をあげている様子を表現。ここから縁結び、夫婦和合などの御利益があるとも言われるが、本来、道祖神は村の入口や辻に祀られ、疫病や災厄が侵入するのを防ぐ守り神である。

 これから次々と道祖神が登場。

 つづく