房総半島横断の旅(その1)

 今ごろの季節になると、毎年のように千葉県のローカル線、小湊鉄道に乗りたくなる。四季それぞれに味わいのある路線だと思うが、なぜか初夏の頃、輝く緑の中を走る古びた列車に揺られたくなるのだ。実際には列車に乗るよりは駅と駅の間を歩くことのほうが楽しかったりするのだが。

 ということで、今年も行ってきた。ただし、今回は外房の大原からいすみ鉄道小湊鉄道を乗り継いで房総半島を横断する計画である。

 18日の日曜日、朝5時過ぎに出発。小田急で新宿に出て、そこから千葉までは総武線の各駅停車で行ったのだが、新宿で乗車した時点で向かい側の座席に朝帰りらしい女子がぽかんと口を開けたまま眠っていて、千葉に着くまで1時間以上ずっとそのままだった。終点に着いても口を開けたまま目を覚ます気配がなかったが、彼女は本当はどこで降りるつもりだったのだろう。まあ、どうでもよいことだけど。たぶん、そのまま折り返していったはず。

 さて、千葉からは外房線に乗り継ぎ、途中、上総一ノ宮乗り換えで8時21分に大原に到着。

 次のいすみ鉄道の列車は9時17分発で、まだ1時間近くもある。1本前の列車は7時44分発。もう少しゆっくり家を出てもよかったわけだが、旅先の駅で暇をつぶすのも嫌いではない。毎週日曜日の午前中には駅から徒歩20分の大原漁港で朝市が開かれていることをあとで知った。急ぐ旅ではないし、海を見てきてもよかった。

 とりあえず、券売機でいすみ鉄道小湊鉄道に通しで乗れる房総横断乗車券を購入。大原から五井まで片道の割引乗車券で、途中下車はできるが、逆戻りはできない。普通に切符を買うと全区間で2,170円(730円+1440円)のところ、2,000円である。

 まだいすみ鉄道の乗り場に列車の姿はなかったが、近くのセブンイレブンに買い物に行っている間に列車が入線していた。301形が1両だけ。2012年製造だから、小湊鉄道の老朽気動車に比べると、格段に新しい。

 ところで、いすみ鉄道は旧国鉄の木原線である。木原線はその名の通り更津と大を結ぶ目的で建設が始まったが、昭和初期に木更津からは上総亀山まで、大原からは上総中野まで開通したところで、工事はストップ。木更津~上総亀山間は現在、JR久留里線となっている。そして、木原線は上総中野で市原市の五井から外房の小湊をめざして伸びてきた小湊鉄道と結ばれ、小湊鉄道も上総中野から先、小湊までの建設は断念し、結局、五井~大原の房総横断路線ができあがったのだった。その後、木原線は不採算路線として民営化後の1988年に廃止が決まったが、第三セクターいすみ鉄道として存続。あの手この手の集客作戦の効果もあって、経営は苦しいはずだが、何とか生き延びている。

 さて、上総中野行きのワンマン列車は定刻9時17分に発車した。外房線から分かれて左へカーブして、塩田川を渡り、宅地化の進む田園といった風景の中を走る。乗客はさほど多いとは言えないが、地元の人よりは観光客風の人が多い。首都圏からも近いローカル線ということで、テレビの旅番組などでもしばしば紹介されるから、この鉄道に乗ることを目的にやってくる人も少なくないようだ。もちろん、自分もその中の一人であるわけだが。


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 ということで、運転台の横に立って前方の風景をスマホで動画撮影している女性がいたりもする。こういうことをするのはかつては鉄道マニアの男性にほぼ限られていたが、今では女性も珍しくなくなった。

 西大原を出ると、丘陵地帯を抜け、次の上総東で大原行きの行き違い。


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 その次が新田野。この駅は1995年夏に初めて自転車旅行をした時に通った駅である。当時はまだあった川崎からのフェリーで木更津に上陸し、上総牛久、大多喜を経て、いすみ鉄道の線路沿いに大原に抜けるつもりだったが、新田野駅前を過ぎたあたりで道を間違えて御宿で外房海岸に出てしまったのだった。途中、通り雨に遭ったりしながら、ヘロヘロになって御宿に辿り着いたことを思い出す。

 新田野の次が国吉。駅構内にさしかかると、古い車両が留置されているのが目に留まった。途中、どこかで降りてみるつもりだったが、この駅で降りることに決定。

 下車すると、黄色いディーゼルカーのかぶり物を頭につけた駅弁(たこめし)売りの男の人が入れ替わりに乗り込んでいった。

 ムーミンはこの鉄道のイメージキャラクターになっている。


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 さて、構内に静態保存されているのはいすみ鉄道の初代ディーゼルカーいすみ206、久留里線で2012年まで走っており、それ以前には木原線でも使用されていたというキハ30-62、そして、旧国鉄の急行型車両でいすみ鉄道では2013年から今年2月まで走っていたキハ28-2346の3両。車両とともに腕木信号機も保存されているのが嬉しい。

 キハ30の反対側には久留里線の文字が残る。

 いすみ206。

 さて、次の列車は10時44分発の大多喜行き。1時間ほどある。こういう時は次の駅まで歩く。

 ということで、駅前の通りを西へ向かって歩き出す。大原駅でもらった「いすみ鉄道沿線ガイドマップ」には各駅間の路線距離とともに徒歩での所要時間が書いてある。国吉から次の上総中川まで3.2キロで、徒歩41分だそうだ。ほぼ線路と並行して国道465号線が通っていて、僕は自転車で2回走ったことがある。一度は先に書いた通り、最初の自転車旅行の時、2度目は2007年に坂東三十三か所観音霊場巡礼で、上総の三つの寺を巡った時に第32番札所の清水観音(いすみ市)に向かう途中でやはりここを通った。というか、改めて当時の記録を見ると、国吉駅にも上総中川駅にも立ち寄っていた。

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 とにかく、ツバメが飛び交う古い商店街を抜け、田園地帯に出ると、今年初めて聞くオオヨシキリのギョギョシ、ギョギョシが耳に届く。踏切を渡って、線路が左から右に移り、まもなく見覚えのある踏切が見えてきた。鉄道写真家の中井精也さんが紹介して世に知られるようになったのだと思うが、有名な(?)第二五之町踏切である。ちょっと寄ってみた。

 警報機も遮断器もない簡素な踏切で、「とまれみよ」の文字が心をくすぐる。青空や星空をバックに踏切を写す構図が定番だが、今日は薄曇りである。

 普通に写すと、こんな感じ。

 反対側から。

 しばらく、国道から離れて、ウシガエルが鳴き、睡蓮が咲く溜池のある道を歩き、再び国道に復帰すると、あとはひたすら次の駅をめざす。

 廃業したらしいガソリンスタンド。

 思ったよりも遠く感じたが、上総中川駅には9時35分に着いた。単線に片側ホームだけの一番小さな駅である。

 待合小屋には七福神

 駅周辺の観光案内があって、第二五之町踏切が紹介されていた。徒歩21分と書いてあった。

 まもなく10時49分発の列車がやってきた。

 当初の心づもりでは大多喜より先の秘境めいた駅で降りてみようと思っていたのだが、予定外の途中下車はなかなか面白かった。

 

 つづく