小湊鉄道の旅、起点の五井から二つ目の海士有木駅で途中下車して、次の上総三又駅まで歩き、8時47分発の上総牛久行きに乗車したところから。
9時02分に上総牛久に到着。
市原市牛久は小湊鉄道の沿線では一番大きな町で、列車の大半は牛久止まりである。つまり、この先は房総半島の中でも本格的な田舎ということになる。
次の列車は9時44分の養老渓谷行きで、まだ40分ほどある。ということで、また隣の上総川間駅まで歩く。最近、このパターンが定着している。
1995年夏に初めての自転車旅行で牛久にやってきた時は朝市をやっていて、3と8のつく日にやっているということだった。今日は18日なので、開催日のはずだったが、やっている気配はない。一昨年も確か開催日のはずだったが、やっていなかった。朝市はなくなってしまったのだろうか。
牛久の街を抜けて、国道297号線を行く。すぐに五井行きの列車がやってきた。
蝉時雨が賑やかだが、すでに一生を終えたアブラゼミも路上に何匹か転がっていた。
坂を上って下ると、右手に黄色く色づいた田んぼが広がり、その中に緑の孤島のような上総川間駅が見えてくる。国道から小道を下って田んぼの中の道に出る。
稲があちこちで倒れているのは、先日の台風10号の爪痕だろうか。
牛久から25分ほどで上総川間駅に着いた。駅前のムクゲの木が葉を茂らせているが、花はない。
まえにこの駅でアマガエルを何匹も見つけたので、今日も探してみたが、見当たらなかった。暑いからね。どこからか、コジュケイの声が聞こえてくる。
駅の周辺ではカメラを持った“撮り鉄”らしき人が数名。田園風景の中にぽつんとある小駅にカメラを向けたりしている。もうすぐやってくる列車を待っているのは間違いない。
彼らにとってはホーム上をうろうろする僕は極めて邪魔な存在に違いない。ローカル線の駅で列車を待っているのが地元のお年寄だったり、女子高校生だったりすると、それは絵になるが、カメラを持ったおじさんだと、ただ目障りなだけだ。
それにしても、この駅の利用者はどれぐらいいるのだろう。
駅前は田んぼ。
待合室で扇子でパタパタあおぎながら待つこと十数分。遠くから列車の音が聞こえてきた。
9時48分発の養老渓谷行きは2両編成。
上総鶴舞、上総久保、高滝と、どこも降りてみたくなる駅を過ぎて、里見に到着。ホームに地元の人が屋台を出していて、かき氷や地元の名産品などを売っている。
おじさんが乗り込んできて、
「ここでしばらく停まります。SLが来るから、外で撮ったほうがいいですよ」
などという。小湊鉄道では2年前からSL風機関車が引くトロッコ列車を上総牛久~養老渓谷間で運行しているのだ。外観はSLそっくりだが、実際はディーゼル機関車である。この手のニセモノは昭和というよりは平成以降のニッポンに多く見られるものである。僕も前回乗ってみて、車内を通り抜ける風が心地よかったのを覚えている。
とりあえず車外に出てみた。
汽笛が聞こえた。来た、来た! あの本物のSLみたいなニセモノのSLがやってくると思い、カメラを構える。
・・・・・・。
あ、そうだった。終点の養老渓谷駅で機関車の付け替えができないので、帰りの列車は機関車が後押しで走るのだった。
4両の客車を後押しするSL風機関車。
この駅で昔懐かしいタブレット交換を行い、トロッコ列車が先に発車。
トロッコ列車が持ってきたタブレット(通票)を受け取った駅員さんが養老渓谷行きの運転士にタブレットを渡して、ようやくこちらも発車可能になる。里見から先の区間は列車の行き違いができる駅はないので、1本の列車しか入れないのだ。里見から終点の上総中野までは25分ほどかかるので、列車が行って戻ってくるまで、次の列車はこの区間に入れないわけで、終点での折り返し時間も考えると、1時間に1往復しか運転できないことになる。
さて、里見で10分近く停車して10時09分に発車。
月崎駅。この駅も好きな駅で、あとで降りてみようと思っている。ホームにコスモスが咲いていた。月崎もかつては行き違い可能な駅だったが、今は駅舎のあるホームしか使用されていない。この駅の交換設備を復活させれば、列車の運行回数は増やせるが、そこまでの需要はないのだろう。
沿線随一の観光地に近い養老渓谷駅に10時26分到着。小湊鉄道の終点・上総中野の一つ手前だが、この列車はここが終点である。ここで折り返すことで、里見まで早く戻れ、その分、次の列車までの運転間隔を短くできるわけだ。
駅舎の軒先からミストが出ている。
この駅には構内に冷温2種類の足湯があり、それが楽しみだったのだが、本日は故障のためお休みとのこと。がっかり・・・。
さて、いま乗ってきた列車は10時39分に五井行きとなって折り返す。それで引き返してもよかったが、11時16分に上総中野行きがやってくる。とりあえず、それに乗ることにしよう。
同じ列車でやってきた観光客の多くは列車に接続する養老渓谷行きのバスに乗り込んだようだ。養老渓谷には温泉もある。
ここでも駅前には屋台が出て、あゆの塩焼きやジェラートなどを売っているが、それらを横目に僕は線路に沿って戻るように歩き出した。近くに養老川にかかる吊り橋があるらしいのだ。
線路に沿った草道を歩き、小さな踏切を渡ると、鬱蒼とした山林の中の小道が急な下り坂となって続いていた。
蜘蛛の巣が張っていて、最初の巣は払って通ったが、次の蜘蛛の巣には頭が引っ掛かった。
もう少し一般の観光客向けの散策路かと思ったら、枯れ葉や折れた枝が散乱するなど、予想外に荒れた雰囲気で、ほかには誰もいない。いろいろな虫がいる。鳥もいる。ヘビもいるかもしれない。アオダイショウならいいが、マムシだったら嫌だな、などと考えながら、もう蜘蛛の巣には引っ掛からないように慎重に進む。
坂を下っていくと、赤い吊り橋が見えてきた。袂にも草が茂り、訪れる人も少ないようだった。
橋を渡った先にもルートは続いているが、これ以上進もうという気にはならない。
橋の真ん中で来た道を振り返る。
駅に戻ると、次の列車の時間が近かった。
つづく。